VS IV Omnibus2 パペット
パペット


「よーし、出港するか」

 アルバは、指をぽきぽきと鳴らした。

 不精髭をじょりっと撫で、操縦パネルにごつい指を走らせる。

 全身が、船の振動を感知していた。

 絶好調なのは、自分の鼻先に伝わる震えで分かるのだ。

「うりゃおりぃぁあああーっ!」

 イカレたテンションの奇声を発しながら、船を港からすべり出させる。

 そんな漢臭いシートに、細い指がかかった。

「あなた…」

 出港時にも関わらず、ふらふらウロつく奇行は、彼女以外にいない。

 妻のチナだ。

 テンションを上げすぎて、馬鹿になった嗅覚に、ふわりと甘い匂いがすべりこんでくる。

「あなた…おやつよ」

 皿にのせられた果物のパイが出てくる。

「おうっ、うまそうだな!」

 好物に、反射でよだれを出しながらも、アルバはパネルに両手を張りつかせたまま。

「だが、ちょーいと待ってくれよ、スィートハニー。こいつが、あんよを始めたばかりでね」

 隣の副操縦席を、顎で差す。

 座って待っててくれ、という合図だ。

「そう…なの」

 今食べてもらえないことに、少しがっかりしたような彼女は、ぺたんと席に座った。

 アルバは、ほっとする。

 加速を始めるところで、歩き回られたら危険だからだ。

 普通なら、ちゃんと側に座らせて出港するのだが、今回はちょっと勝手が違った。

「お客にも、そいつを出したのか?」

 妻を、ちらりと横目で見る。

 きれいにまとめ上げられた黒髪に、知的な眼鏡。

 黙って立っているチナを見たら、人はきっと教師か秘書とでも思うだろう。

「ええ…50個はあったわ」

 聞くだけで、胸焼けしそうな数に、アルバは苦笑した。

 燃料の心配より、食料の心配をしていくことになりそうだ、と。
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