VS IV Omnibus2 パペット


 操縦士は一人。

 しかし、アルバだって睡眠を取らなければならない。

 到着まで、あと10日は間違いなくかかるし、ここはまだセーフティエリアだ。

 遠隔コンパネを手元に置いておけば、一応睡眠を取ることは可能である。

「いまのうちに休んどくか」

 標準時では、もう真夜中だ。

 チナも既に、夢の中だろう。

 寝室に向かおうと、アルバは操縦室から居住エリアへと向かった。

 最小の薄暗い照明の中、奥の寝室に向かいかけた時。

 彼は──聞いてはならないものを、聞いた。

 とてもとても小さいが、声が漏れてくるのだ。

 アルバが、自分の耳のよさを、恨む瞬間でもあった。

 それは、女の、いわゆる、そういう声に、聞こえたのだ。

 うぉい!

 彼らのドアに向かって、叫びたい気持ちを、アルバは必死で抑えた。

 ピアノをフォルテッシモで殴り弾いたとしても、音は外には漏れない。

 それほどの、防音力のある壁のはずだ。

 なのに、なぜ漏れる!

 詳しく考えたくなかった。

 中で、あの嬢ちゃんが、猛獣のように雄たけびをあげている──それが答えだからだ。

 もしかして、虐待とかの方じゃないだろうな。

 さすがに信じがたく、アルバは彼らのドアの前で立ち尽くす。

 すぅっと、後方のドアが開いた。

 びくっと振り返ると、起き出してきたチナと目が合う。

 メガネのない目を、少し眠そうにこすっている。

「あっ、いや、これは…」

 決して、盗み聴きとか覗きとかではなく。

 アルバが、妻に言い訳をしようとしたら。

 その身体を、妻がぎゅーっと抱きしめてきた。

 寝起きのチナは、何故かバニラの匂いがする。

 それが、ふわっと鼻先をくすぐった。

「大丈夫よ、あなた…心配いらないわ…寝ましょう」

 そして、寝室に引っ張り込まれた。

 うーん。

 妻は、あの二人のことを理解してしまったようだ。

 だが、それを言葉に変換する能力は備わっていなくて、聞いてもかみ合わない答えが返ってくるだけ。

 だが。

 チナが心配ないというのなら。

 大丈夫なのだろう。

 多分。
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