フォーチュン
あのときアンが一瞬名乗るのを躊躇したのは、偽名を考えていたからだ。
俺も同じだったから、アンもそうだったと思えてならない。
しかし、俺のように別人の名を語らず、恐らく呼び名を名乗るとは・・・嘘をつくのが下手なレディなのだろう。
世渡り下手な皇女には、嘘つきで腹黒い俺がしっかりとイロハを教えてやらねばならないな。

ユーリスは思わずニッコリと微笑んだ。

「フレデリックよ」
「はっ」
「アナスタシア皇女へ贈り物をする」
「・・・は」

フレデリックの目が、驚きでパチパチと瞬きを繰り返す。
そんなフレデリックの様子など見てもいないユーリスは、「最初はやはり花が良いか。それとも無難すぎるか」と一人悦に入ってごちている有様だ。

「は・・・あ、まあ、そうでございますね、はい。お花でもよろしいかと」
「そうか。では皇女の瞳と同じ色のスミレの花の手配をしてくれ」
「かしこまりました、ユーリス様」

そうフレデリックは言うと、ぎこちなく一礼はしたものの、入って来たとき同様、静かに部屋を去っていった。

< 63 / 318 >

この作品をシェア

pagetop