アイ・ラブ・ユーの先で
「いいんだよ、たまにくらい、反抗してやれば」
お兄ちゃんみたいに、どんな自分でも誇ってみたかった。
侑月みたいに、無邪気にわがままをねだってみたかった。
一度くらい、そうしてみたかった。
「気に入らないことがあるならそう言えばいい。納得できないことがあるなら、我慢するでも突っぱねるでもなく、口に出して、歩み寄って、話し合っていけばいい」
本当は、うまく自分を誇れなくても、素直にわがままを言えなくても、
なにも上手じゃない、ぜんぜんかわいくない、
ありのままの、わたしでも。
「おまえにはそうできる場所があるんだから」
『――水崎先輩、両親とも、いないんだって』
結桜から聞いた“噂”が脳裏をよぎる。
そういう言い方をするのは、先輩にはそうできる場所がないからなんじゃないかって、どうしても勘ぐってしまう。
「こんなもんがあるくらい、仲の良い家族なんだろ。このなかにちゃんとおまえもいるじゃねえか」
ゆらゆらと振られたスマホに表示されていたのは、開かれたままのグループトーク。
いちばん上にならんでいる家族5人分の名前を先輩の指が優しくなぞっていくのを、現実と夢の狭間にいるみたいな、とても不思議な気持ちで見ていた。
「だからきょうは、このまま逃げ込んでこい」
「え……」
スマホが手のなかに返ってくる。
「次に家族と会ったときもうちょっとマシな顔でいるために、きょうだけは、おまえは家に帰らなくていい」
もし悪魔が実在するならば、その誘い文句はこんなふうに甘美な響きをしているのかな。
「……はい」
少しだけ恐ろしくて、とんでもなく心地いい。
どこかふわふわした気持ちのまま、わたしは、先輩のTシャツの裾をぎゅっと握りしめた。