アイ・ラブ・ユーの先で
「うん、わかった、ありがとう」
はやる気持ちをなるべく抑えこみながら返事をしたはずなのに、むしろそのせいで変にうわずった声になってしまう。
「ちょっとコワそうな人だったけど、大丈夫?」
あのふてぶてしい顔を思い出して笑いそうになる。
だって、心配そうに言ってくれたクラスメートのそれが、なんとも的を得ている評価だったから。
「うん、大丈夫。わざわざありがとうね」
いつものお返しにからかってやろうと思って立ち上がったところで、別の手に制服の袖を掴まれた。
「ちょっと、佳月」
結桜だった。
「ねえ、まさか、水崎先輩……」
「うん、でもたぶん、結桜が思ってるような人じゃないよ」
そうするつもりはなかったけれど、思わず遮るように言葉を重ねてしまった。
「いい人だよ、きっと。……“噂”のことは、正直、よくわからないけど」
そう。本当のところなんてわからない。
だって、先輩はとても嘘つきだから。
きっと、まだまだ、わたしの知らない秘密がいくつもある気がする。
「それでも……少なくとも、わたしの知ってる水崎昂弥先輩は、噂どおりの人じゃない」
お洒落なオレンジ系のアイブロウ。怪訝そうにひそめられていたその眉が、困ったようなハの字に変わった。
それから結桜は小さく頬をふくらませると、くちびるからプスーと空気を抜いて、「わかった」とうなずいたのだった。
「じゃ、ウチも同行しよっと!」
いつも短めに折っているスカートがひらりと揺れる。
腕に巻きついてくる小柄な体をくすぐったく思いながら、その先輩が待っているという教室の後方ドアへ向かった。