アイ・ラブ・ユーの先で
「どうも。……チワ」
薄っぺらい引き戸のむこう側へ行き、相手の顔を見上げて、絶句した。
「……えっ、誰」
デスカ、とあわててくっつける。
結論から言うと、待っていたのは水崎先輩ではなかった。
かといって佐久間先輩でもなく。
ガタイのいい、黒髪を健康的にスポーツ刈りにした、ちょっとコワモテの……たぶん、まったく見覚えのない人。
これには隣の結桜も戸惑いを隠しきれていないようだった。
「奥」
そんなわたしたちにかまうことなく、彼は淡々とふたつの音だけを口にした。
「オ、オク……?」
「こっちの苗字。“奥行”の、奥」
限りなく喜怒哀楽の感じられない無表情を崩さないまま、必要最低限に補足される。
「ちょっと、おーい、一慶! 無視して置いてくの、マジでやめてくんない?」
そのとき、彼の後方からとても甘い声がした。
なんとなく聞き覚えのある……そうだ、これは。
「澄己が自分で勝手に置いていかれたんだろう」
「だって廊下で会っちゃったらしょうがないじゃん。ヒトミちゃんにー、アイちゃんにー、ユイちゃんにー、サキちゃんにー……って、おーい、聞いてる?」
「聞いてないし聞く気もない」
分厚く大きな体のむこうからひょっこり現れたのは、一度だけ言葉を交わしたことのある、それでいてなぜか携帯番号まで知っている、佐久間先輩だった。