アイ・ラブ・ユーの先で
先輩はすぐ近くのオンボロのアパートの前で足を止めると、静かに階段を上っていき、201と書かれた部屋の鍵穴に金属を差しこんだ。
カチャリ、
という小さな音が、退路を断つためのスイッチのようだった。
「……あの。ちなみに、ここは?」
「中学時代、けっこう荒れてたとき、つるんでた連中とたまり場にしてた場所」
はじめて聞く、わたしと出会う前の先輩の話。
欲深く知りたいと思う気持ちを消し去る術がわからなくて、たまらず横顔を見上げると、すでに彼はわたしを見下ろしていた。
薄く笑っている。
それがなにか、ぜんぜん見当もつかないのに、あ、試されているのかもしれない、と直感で思った。
「……荒れてたんですか?」
「俺がピシッと学ラン着て、分厚い眼鏡かけて、七三分けにしてたように見えるか?」
それは極端すぎるたとえ話だ。本当にいじわるな人だな。
「相当、荒れてたよ。おまえの想像なんか遥か及ばないような、やばいことなんか、全部やり尽くしたんじゃねえの」
言い終わるのと同時に、スチール製の古びたドアノブを先輩の右手がひねった。
悪くなった金属どうしが擦れる甲高い音。
わたしは耳を塞ぎたくなるほど不快なのに、先輩はこんなもの聞き慣れたかのように平気な顔をしている。
「やばいことって、なんですか」
室内に足を踏み入れた背中に問うと、先輩は上半身だけでふり向いて、持ってくれていたボルドーのボストンバッグを見せるように持ち上げた。