アイ・ラブ・ユーの先で
「こんなカワイイ家出なんかとは、比較できないようなことだよ」
おちょくられているのでも、からかわれているのでもなく、近づいたと思ったはずのこの距離を、そっと遠ざけられている感じがした。
これ以上引き離されるのは嫌で、あわてて室内へ足を踏み入れる。
カビと埃が混ざりあったにおいが鼻をついて、思わず顔をしかめたのを見て、先輩が軽快に笑った。
どう見積もっても6畳もなさそうな狭い空間に、布団と呼ぶにはお粗末なマットレスとブランケットが横たわっている。
風呂、トイレ、台所のようなものもあるにはあるが、どれも機能していないから使えないと、先輩は簡単に説明した。
たしかに、これまで眠ったどんな場所よりも劣悪な環境だ。
明かりさえマトモに点かないので、光源といえば窓から差しこむ月の光のみ。
でも、外側にある街が信じられないほど暗いせいか、それだけで充分なのも本当だった。
「で、今回は、なにが気に入らなくて飛び出してきたわけ?」
先輩は足で乱雑にマットレスを窓辺に移動させると、その上にどかりと腰かけ、立ち尽くしているわたしを見上げた。
出会ったときから変わらない、甘さなんてひとつもない表情、口調。
それでも、決して責めているわけではないということ、どうしてこんなにも伝わってくるのだろう。
だから、ついつい、甘えたくなってしまうのだ。
普段ほとんど人前で見せることのない涙が、勝手に決壊してしまうのだ。