アイ・ラブ・ユーの先で


「あ……」


やばい。いま、わたし、おかしな顔をしていなかったかな?

誤魔化すように隣に移動し、大きな体を押しのけつつ、丸いファンの半分を陣取った。


「ひとりじめ、ずるいです」

「こっちは労働してきてんだよ」

「わたしだって退屈してましたー」


ずうずうしいんだよ、と笑いながら頭をグリグリされる。

半殺しにされた銀河くんを拾ったという時代、このまったく痛くないこぶしを使って、先輩は、誰かを痛めつけたこともあったのだろうか。


「ほんと、暑いな。風呂行くか」


帰ってきた先輩の体からは、毎日ちがうにおいがする。

油のにおい、ガソリンのにおい、煙草のにおい。
行き先を言われなくとも、シフト表がなくとも、ドアが開いた瞬間、どこで働いてきたのかすぐにわかってしまう。


どうしてこんなになってまでアルバイトに明け暮れているのだろう、

と、もう数億回目ほどにもなりそうな疑問を心のなかでつぶやいた。

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