アイ・ラブ・ユーの先で
そのままベンチに居座り、お互いのことを少しだけ話した。
わたしは、インフルエンザをこじらせて入院していること。もう少しで退院できるはずだということ。4階に病室があるということ。
さとくんは、お母さんが患っているむずかしい病名と、その人が7階の病棟に入院していることを、教えてくれた。
「さとくんのお母さんは、いつ、たいいんするの?」
「……さあ、どうかな」
ずっと薄く笑んでいた顔が少しだけくもる。
なんとなく、聞いてはいけないことだったのかもしれないと感じて、咄嗟に口をつぐんだ。
「まあ、どっちにしろ、佳月よりは遅いかもな」
思わず黙りこんでいた頭の上に、ぽこんと軽く乗せられた手。
わたしのてっぺんを手のひらで不器用に触りながら、さとくんはまた、さっきと同じ顔で笑ってくれたのだった。
「さとくんは、お母さんの、おみまいに来てるの?」
「うん、そう。俺しか来る人間がいないから」
それは、どこか、なにか、非難するような響きだったようにも思う。
だけど、幼いわたしには、それがどういうニュアンスなのか、あまり理解できていなかった。
「でも、さとくんが来てくれるなら、お母さんはすごくうれしいね」
「そうかな」
「そうだよ。だって……」
ぐじゅ、と鼻が詰まりかける。
「かづきのおみまい、だれも来てくれないよ」
言葉にした瞬間、とてつもなく情けない気持ちになってしまった。
両手に持ったままの空のカップ、その輪郭がぼやけていく。
それでも、つんと鼻をつく痛みに耐え、懸命に目を見開いて、涙を落としてしまうのだけは我慢した。