アイ・ラブ・ユーの先で


「おい」


すぐ近くで低い声が聞こえて、はっとして顔を上げた。

反射的にがばりとふり向くと、せっけんの香りを全身に纏った先輩が、髪を濡らしたままわたしを見下ろしていた。


「おまえ、人のプライバシーを普通に侵害してんなよ」

「だって……これ、もしかして、ずっとこうやって飾ってあるんですか」

「飾ってあるんじゃなくて、ほかに置き場所がないだけな」


タオルで髪の水分をガシガシ拭きとりつつ、嘘か本当かわからない口調で吐き捨て、踵を返す。

そうしてベッドにどかりと腰かけると、先輩はわたしを見上げ、なぜかニヤッと口角を上げたのだった。


「なにしてんの? 早くこっち来いよ」

「え」

「一緒に寝るんだろ?」


部屋じゅうに響き渡る、形勢が逆転していく音。

仁香さんが言った『中学生みたいで恥ずかしい』のは、先輩じゃなく、きっとわたしのほうだ。


あのオンボロアパートの一室では、せまいマットレスの上で、毎晩くっついて眠っていたはずなのにな。勢いってすごいんだな、本当に大事だよな。

なんて必死に冷静さを保ちながら、おそるおそる距離を詰めていくと、リーチをとられた瞬間いっきに手首をつかまれた。

思考がまわる暇さえ与えられず、そのまま体を引き寄せられる。


そうして、いつのまにか、わたしはベッドの上で、先輩の腕のなかにすっぽり収まっていたのだった。

< 272 / 325 >

この作品をシェア

pagetop