アイ・ラブ・ユーの先で


糸が切れるように、ふ、と笑い、そっと距離を開けたのは先輩のほう。


いま、キス、されるかと思った。

嫌なんじゃない。
たぶん、わたしは咄嗟に、してほしい、と思ったはずだ。



「……せんぱい」

「おまえさ、もうあのときみたいに可愛く『さとくん』とは呼ばねえの?」


いや、突然、なんの話。


「……でも、先輩、もう“里浦”じゃないですよね」

「じゃ、名前でいいよ。上手に言えるようになったんだろ、昂弥くん、って」

「え、急になんですか。もしかして、クン付けで呼ばれるのが好きみたいな、そういうフェチでもあるんですか?」

「ねえわ」


けっこうな力で鼻をつままれる。なかなか痛い。


「いいけど、そのうち、やめろよ。『先輩』も、その堅苦しい敬語も」


例のごとく強引なことに変わりはないけど、こんなにうれしい注文はほかになくて、じんじんする鼻の痛みなんかすっかり忘れてしまった。


「もし先輩が“里浦”のままだったら、もっと早く、というか、名前を聞いた瞬間にぜんぶ思い出して、『水崎先輩』になる前に、『さとくん』って呼んでたと思います、ふつうに」

「ほんとかよ」

「ほんとーです」

「コロッと忘れてたやつがえらい自信満々だな」


これまで何度か疑問に思ってきたことが、また、ふと頭をよぎる。

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