アイ・ラブ・ユーの先で
一度行ってみたかった、住宅街のなかにひっそり佇んでいる隠れ家カフェは、広くない店内にしてはけっこう人気なので少々ならぶかと思ったけれど、時間帯のせいか案外すんなり入ることができた。
「食いたいもんを食いたいだけ食え」
その端っこの席で、テーブルにつきひとつだけのメニュー表を、先輩の手がわたしのほうへ押しやっている。
「うすうすどころか、モロに気づいてたんですけど、昂弥先輩って食べさせたがりな人ですよね」
完全にこっちをむいたA4サイズの冊子を、ふたりで見られるよう90度まわしながら、ずっと思っていたことを口にしてみた。
「そうか?」
「プリンとか、杏仁豆腐とか、スムージーとか、アイスとか、ほかにもいろいろ、これまでやたら食べさせられてばっかりですケド」
わたしはきっとこの人に、ハートよりも先にシッカリ胃袋を掴まれている。
たぶん、9年前に病院の売店でプリンを買ってもらったときには、もうすでにそうだったはず。
「わたしだって太らないわけじゃないんですよ。それとも、もしや、ぽちゃっとした女の子が好みとか?」
「おまえってたまにぶっ飛んだ思考回路してるよな」
くつくつ笑い、「ま、ほっせえから、もうちょっと太ってもいいと思うけど」なんてひとりごとみたいにこぼしつつ、先輩が手元に目を落とした。
どうやらひと目でオムレツとハンバーグのプレートを気に入ったらしい。
「うまいもん食うと、それだけでちょっと気分良くなるだろ」
一方でいまだ優柔不断に、パスタなのかサンドイッチなのかフレンチトーストなのか悩んでいるわたしのほうへ、今度こそメニュー表をむけた先輩が、軽いトーンでそう言った。