アイ・ラブ・ユーの先で
「え……家が複雑、って? どういうこと?」
「ウチが聞いた話だと、水崎先輩、両親とも、いないんだって」
「え?」
たとえば、100歩譲って、親御さんがいないというのが本当のことだとして。
少なくとも、“お母さん”だけがいないのではなくて?
じゃあ、きのうわたしが会ったあの男性は……“お父さん”だと思いこんでいたあの人は、水崎先輩にとって、いったいなんだというのだろう?
「ちょっと待って、ごめん、ほんと、ぜんぜん意味わかんない……」
時折たたきあう軽口も含めて、すごく仲が良さそうだったし、バイクの趣味だってふたりは同じだった。
笑ったときに目尻にできる皺の形も、濃さは違えど、よく似ていると感じた。
「なんかね、いろいろと大変な家庭だって聞いた。それも影響して、水崎先輩も、いろいろと……」
“そうらしい”
“そうなんだって”
“そう聞いた”
積み重ねられていく不確かな情報より、わたしは、わたしの見たもののほうを信じているはずだ。
それなのに、実際にあるかもわからない噂話に耳を傾けずにいられないのは、どうしてなんだろう。