アイ・ラブ・ユーの先で


緊急家族会議。

それが開かれる前からピリリとした空気は多少なりとも感じていたので、夕食後に招集をかけられても、べつにそこまで驚かなかった。


驚いたのはその議題内容だ。



「俺、大学には行かないで、イラストレーターになろうと思ってる」



そんな突拍子もないことを言い放ったのは、阿部家の“期待の星”である長兄だった。


どこか晴れ晴れとした表情。
あ、冗談じゃなく本気だ、と、それを見て確信する。

その一方でお父さんはかなり気難しい顔をしていて、お母さんはその隣で憔悴しきっていた。

揉めに揉めた、というより、現在進行形で揉めている真っ最中なのだろう。


なるほど、最近あまり家のなかの雰囲気がよくなかったのは、このことが原因だったのか。

思い返せば、たしかにお兄ちゃんの三者面談後から、このなんともいえない空気が漂いはじめていたような気もする。


「へー。お兄ちゃん、絵うまいもんね」


なにも言えないでいるその他大勢を捨て置き、先陣を切って一言めを放ったのは末っ子だった。

思わず隣でズッコケそうになる。
なんというのんびりした感想なの。


「ああ、そういえば侑月が小さいころはよく一緒にお絵描きしたな」


お父さんとお母さんのむずかしい表情など見えてすらいないかのように、お兄ちゃんがうれしそうに顔をほころばせた。


「うん、お兄ちゃんが描いてくれたの、侑月、いまでもちゃんと残してあるよ」


5歳も年が離れているせいか、お兄ちゃんと侑月はとても仲が良い。

侑月はかなりお姉ちゃん子だけど、それと同じくらい、お兄ちゃん子でもあるのだ。つくづく愛され上手なコだ。

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