恋化石(仮)
エンターテインメント事業を行う、株式会社マーガネット。柚衣子の勤めている会社である。
社員はおよそ二百人。
外部関係者も多く在籍し、社内には人の出入りが激しい、一画のビル。
六階建のビルは、全てマーガネットの部署が入っており、柚衣子は五階のウェブデザイン部に所属している。
ウェブデザインの主な仕事は、名前の通り、ウェブのデザイン。
自社のホームページをはじめ、アニメや映画のホームページを作成する。
外注していたそれらの仕事を、社内で行うために立ち上げた部署なのだが、生憎ウェブデザイン部は三人しかいないことが気にかかる。
人数不足のため、ひっきりなしに仕事の依頼がくるものの、やりがいのある仕事は、なかなかに手応えがある。
匡輔と泉月は仲がいいようだ。
部署は違えど、度々仕事帰りに飲みに行っていると聞く。
特別関わりがあるわけではない柚衣子の耳にさえ噂が入ってくるくらい、女性から熱視線を浴びているということだろう。
「うわ、煙草切れた。仕方ねぇな、買ってくるか。橘、お前は?」
「あ、私のはまだあるので大丈夫です」
膝に手を当て立ち上がると、匡輔は店の前の自販機には置いていない銘柄を、コンビニまで買い求めに席を外した。
気を遣って匡輔が声をかけたのは、何を隠そう、柚衣子も今では数少なくなった喫煙者だったからだ。
時代錯誤なのはわかっている。けれど、どうしてもやめられない。
煙草をやめられないのは甘えだと、自覚はある。
「やめたい」といいつつも、本当は、やめる気がないからだ。
柚衣子にとって、ストレスの捌け口になった煙草は、今では心の拠り所ですらある。
時代の波に逆らっているのは重々承知、そこまで依存しているというのは、気の置けない何人かを除けば、内緒の話しだ。
匡輔が席を外すと、途端に女子会ノリのようになっていた。
キャッキャッと笑い声が響いて、肩に手を添えるくらいの軽めのスキンシップ。
解放感が一気に押し寄せ、雰囲気にのまれて、いつもは三杯程度しか飲まないお酒も、今は何杯目かわからない。
お酒の席が好きな柚衣子とは違い、お酒が好きな茉莉花と泉月が水のように飲み干しているのを見ると、自分の飲んだ量は、お猪口一杯分程度と錯覚しそうになる。
けたけたと屈託なく笑うさまは、実に爽快で、お酒が進む気持ちも、ちょっとだけわかる気がした。