恋化石(仮)
踵を返して店に向かおうとすると、定期をカバンに戻した匡輔が、柚衣子の後をついていこうとしている。
「あっ、伊吹さんは帰ってください! 終電なくなっちゃいます!」
迷惑ついでだ、と口角を上げてついてきてくれることに、動揺を隠せないでいた。
「一日くらい切符買えよ」
「でもチャージしたばっかりで、二万弱入ってるんです」
「しょうもねえやつだな」
口は悪いが、優しさが垣間見えて、つい顔が綻んでいた。
終電を逃してしまった上に、先輩にまで迷惑をかけたが、始発を待つ間、一人で時間を潰さなくていいことに安堵していた。
やはり店内に忘れていたようで、無事定期を回収できた。
いざファミレスに向かおうとすると、匡輔の一声でその足を止められる。
「時間あるしもう一軒行くか」
少し歩いたその先に、ひっそりと佇むお店が一軒。バーでもないけど、大衆の居酒屋のように雑然としていない。
よくもまあいろいろなお店を知っているな、とグルメだと理解した匡輔に、舌を巻いた。
お酒に強くはないと、できる限り隠していたつもりが、お酒に強い匡輔にはお見通しのようだった。
注文する酒の種類、飲むペース、一目で嗜む程度だと知るところだったという。
無理強いをするつもりはないが、酒の席が好きなら飲めたほうが楽しいという匡輔の言い分には納得だ。
ある程度慣れが必要なもので、徐々にアルコールを摂取すれば、意外と飲めるようになる、という言葉には説得力がある。
「俺も昔は全然飲めなかったし」
平然とした顔で何杯も飲んで、店を変えても尚、数杯飲む姿には、貫禄すら感じられる。
手には、焼酎。
伊吹さんのおすすめを、と頼んだら、注文されたものだった。
あれから一時間程経った頃だろうか。
柚衣子の瞼は重くなっていた。
眠気を誘うし、トイレに立つと、歩いた感覚がわずかにふわふわとしている。
地に足がつかないとは意味が異なるけれど、今の状況を表すのなら、それが的確な気がしていた。
酔った感覚というのは、こんな感じなんだろうか。
回らなくなった頭で考えてみても、一向に答えは出なかった。
「おい橘、寝るなよ。酔ったのか」
差し出された水を一口口に含むと、締まりのない顔が匡輔を見ている。
横に首を振ったところで、煙たい匡輔の表情は変わらない。