長い幸せ
引っ越し業者は雇わずに、彼女はこつこつと自分で荷物を運び出していた。冷蔵庫やテレビといった大きな家具は、知り合いの男が日曜日に何人かやって来て運んでいた。


その中で一人、華と妙に親しげだった者がいた。


作業の途中で華と話ながらチラリと僕を見たが、彼は話し掛けてはこなかった。その視線に少しカチンときたが、僕も何もしなかった。




結局華は全部の荷物を新しい部屋へ運び終えるまで、僕には触れなかった。ただチラリチラリと僕を見て、ため息を溢すばかり。


最後に鞄に詰めた日用品を運び出そうと手にしていた華は、やっと僕と向き合う事にしたようだ。大きな鞄を提げて僕の前に立った。


「……ここに置いていくつもりだったの。後で友達が連れていくって言ってくれたから」


やっぱりか。華は僕を捨てるつもりだったんだ。薄々それはわかっていた。


でも僕にもちゃんと新しい居場所を用意してくれていた。それが嬉しかった。華のそんな優しさが愛しいと思った。




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