素直の向こうがわ



「あ、そうそう。渉君、元気? 河野と違って愛想があって可愛かった」

「……。渉は元気だよ。あいつもおまえの話たまにしてる」


ちょっとムッとした顔をしたけれどやっぱり弟は可愛いのだろう。
すぐに表情を少し崩して答えてくれた。


「え? 私のこと?」


河野家で私のことを話題に出してくれるなんて、これはかなり嬉しいことなのではないか。私はまた心の中でムフフと喜ぶ。


「兄貴しかいないから、年上の女が新鮮だったんじゃないか。それにあいつの精神年齢とちょうど合ってたんだろ、おまえが」


やっぱり投げ込まれた毒。
でも、それくらいはもう慣れた。
むしろ毒を吐かれることにすら喜んでいる自分がいる。
私ってマゾ気質だったのだろうか。


本人が気付いているのかいないのか知らないけど、一つ変わったことがある。

河野は私のこと「アンタ」じゃなくて「おまえ」って呼ぶようになった。
「アンタ」より「おまえ」の方が、少し距離が近い気がしてそれすらも嬉しい。
そんなことを考える私はどれだけ河野に嵌ってしまっているのだろうか。


ちらりと隣を見ると、また涼しい顔して参考書を読んでいる。


私がこんなにも好きだってことも知らずにそんな無表情で……。


ついじっと見つめてしまった私の視線に気付いたのか、その無表情がこちらに向いた。

私は慌てて何でもなかったかのように鞄を探る。

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