素直の向こうがわ


「あの……」


恐る恐る隣に座る河野に声を掛けた。
それに応えるように、眼鏡の横顔がこちらへと向けられる。


「えっと、お母さんってもう退院した?」


河野の顔が少し引きつった。
いきなりこんなこと聞いてまずかったかもしれない。言ってしまって動揺した。


「ごめん。なんでもない」


私は両手をバタバタと振り回して前を向いた。


「まだ。もう少しかかるらしい」


でも、河野は私の質問に答えてくれた。それにつられるように河野の顔を見ると、怒っているわけではなさそうだった。


「そ、そっか。じゃあ、また真ん中の弟君がご飯作ってるの?」

「ああ。あいつも受験あるから悪いとは思ってんだけどな」


確か真ん中の弟君は中三だって言っていた。二人とも受験生なんだ。


「河野のお弁当って、誰が作ってるの?」

「……ああ、それは一応俺。下の二人は給食があるからな。って言っても夕飯の残りを詰めてるだけだから弟が作ってるとも言えなくはないか。夕飯の残りがない時は購買で買ってるし」


河野がバツが悪そうに答えている。


「じゃあ……河野のお弁当、私が作ろうか」


そう口にした瞬間、河野が凄い勢いで私の方に顔を向けた。
あからさまに驚いた顔をされたことで、自分の言ったことの恐ろしさを知った。

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