素直の向こうがわ
6.君色に染まれば
もう帰ろう……。
そう何度も思うのに身体が動かない。
床に身体が貼り付けられたのかと思うほどに、しゃがみ込んだまま力が入らない。
今頃、河野は脇坂さんを追いかけてハチマキを渡したところだろうか。
そして、脇坂さんは長年の想いを河野に告げているところだろうか。
そして、二人が本当は両想いだったと知るところだろうか――。
それがあるべき筋書だ。とっくに分かり切っていたことだし、それを望んでいた。
なのに河野が立ち去ってから涙が止まってくれない。
「うっ……」
こんな時に、こんな時だからなのか、これまでのことが思い出されて苦しくなる。
遠足の時、激しい雷雨の中私を見つけてくれた。
雷に怯える私に傘を差し掛けてくれた。
航が突然教室に来た時、追い払ってくれた。
補習をしていた教室で、二人で過ごした。
河野の家に行って一緒に夕飯を食べた。
お弁当のお礼だと言ってチョコレートとメッセージカードをくれた。
全然接点のなかった河野との思い出が、今じゃこんなにも積もってた。
こんなにもこの気持ちは大きくなってしまっている。
行き場のない河野への想いが次から次へと溢れ出す。
「おい」
うずくまる私の耳に届いた足音と、声。
すっかり暗くなった教室に、その音だけが響いた。