赤い花、散らさぬように
まだ季節は春。
進路を変える余裕はたっぷりある。
悩む時間もある。勉強できる時間……成績を上げる時間もある。
まだわからない、未来の可能性をたくさんに含んだ少女を、俺はまぶしいものを見るように目を細めて見た。
「なあ、お嬢」
そっと、みつあみに結われた片方に触れた。その肩がびくりと揺れる。
いつのまにか、気づかないうちに女の顔をするようになった彼女は、ぱっと赤い顔を上げてこちらを見た。
「ーーーー」
俺が口を開きかけたとき、「紘之ー!」と誰かが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
ふたりでハッとする。
俺は髪に触れていた手を引っ込め、紅は下を向いた。
……何やってんだ、俺。
手を出してはいけない。
汚い手で、穢れを知らないこの赤い花に触ってはならない。
大人として、男として。
明るい未来へ歩もうとしている少女の花を、摘んではならない。
ぐっと手のひらを握りしめて、立ち上がる。紅は座ったままだ。
襖を適当に開けて、廊下に向かって口を開いた。