赤い花、散らさぬように


まだ季節は春。


進路を変える余裕はたっぷりある。


悩む時間もある。勉強できる時間……成績を上げる時間もある。


まだわからない、未来の可能性をたくさんに含んだ少女を、俺はまぶしいものを見るように目を細めて見た。



「なあ、お嬢」



そっと、みつあみに結われた片方に触れた。その肩がびくりと揺れる。


いつのまにか、気づかないうちに女の顔をするようになった彼女は、ぱっと赤い顔を上げてこちらを見た。



「ーーーー」


俺が口を開きかけたとき、「紘之ー!」と誰かが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。



ふたりでハッとする。


俺は髪に触れていた手を引っ込め、紅は下を向いた。



……何やってんだ、俺。


手を出してはいけない。



汚い手で、穢れを知らないこの赤い花に触ってはならない。



大人として、男として。


明るい未来へ歩もうとしている少女の花を、摘んではならない。



ぐっと手のひらを握りしめて、立ち上がる。紅は座ったままだ。


襖を適当に開けて、廊下に向かって口を開いた。



< 8 / 29 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop