彼女が指輪をはずすとき
『ごめんね、結局終電乗れなかったね』
あの日、泣き止んだあとマンションの入り口までおりると、彼はここまでで大丈夫ですと言った。
『家までここから歩いて帰れる距離なので大丈夫ですよ。今日は月が綺麗だから、夜空を見上げながら帰ります』
その日は満月。
空には月も星も眩しいほど輝いている。
街灯なんて要らないほどに。
『今日は…ありがとう。おくってくれた上に、泣き止むまでそばに居てくれて』
『いえ、泣いている藤堂さんを放ってなんて帰れませんよ。もう落ち着きましたか?』
『ええ。もう大丈夫よ』
私がそう答えると彼は"良かった"と言って笑った。
その瞬間、彼の笑顔がなんだかくすぐったく感じた。
『三笠くんって、優しいのね』
私がそう言うと、彼は顔を赤くして首を振って答えた。
『そ、そんなことないです!藤堂さんこそ優しいです』
『優しくなんかないわ。普通に接しているだけよ』
否定しつつも褒められたのは内心嬉しくて、私は少し照れながら彼の横顔を見つめた。
『藤堂さんが上司で良かったです』
『…え?』
彼はさっきよりも真っ赤に顔を染めて、私と目が合うと視線を下にそらす。
そんな彼を見つめているとなんだか私も恥ずかしくなって、しばらく何と話を振れば良いかわからなくなり、二人でうつむいていた。
『え…あ…そ、そろそろ帰りますね!』
『あ…そうね!気をつけて帰ってね』
沈黙を破った彼は私に軽く頭を下げて、”おやすみなさい”と言い残して背中を向けてマンションをあとにした。
彼の去っていく背中を見つめていて、なんだか寂しくて名残惜しい気持ちに襲われる。
もう少しここにいてほしかった。
そんな風に思っている自分がいた。