彼女が指輪をはずすとき
「…そう、か」

少し間を置いてから、彼は伏し目がちにそう言ってフェンスのほうを向いた。

ーーーあいつは、お前のそういうところに惹かれたんだろうな

一瞬風が激しく吹く。
その一瞬に彼が何か言ったような気がしたが、聞き取れなかった。

「すみません。いま一瞬聞こえなかったんですが、何て言いましたか?」

「何も言っていない。空耳だろう」

確かに何か言っていたはずなんだけどな。

「それより探さなくていいのか」

「藤堂さん、いまどこにいるのかわからなくて…」

「部署に戻ったんじゃないか」

「そうですね、部署に帰ってみます」

彼は俺が屋上にきてからもずっと煙草を吸っている。
もう何本目かわからないほど、箱から取り出しては火をつけ、短くなれば火を消すの繰り返し。
携帯灰皿を持ち歩いているなんて、律儀な人だな。

「亘さんは部署に戻らないんですか」

「俺はもう少し吸ってから戻る」

「わかりました。俺は先に戻ります」

俺は彼に頭を下げ、階段のほうへ向かう。
ちらっと彼のほうを見てみると、フェンスの向こう側を見つめながら煙草の煙をふかしている。

彼には負けない。
絶対に。

そう誓って、俺は屋上をあとにした。
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