彼女が指輪をはずすとき
「三笠くん…」

ぶつかった相手は偶然にも三笠くんだった。
彼は心配そうな表情でこちらを見ている。

「さっきは…ごめんなさい」

私はもう一度頭を下げて謝る。

「いえ、こちらこそ不快な思いをさせてすみません。聞かれたくないことだったんですよね」

そんな悲しい表情、させたかったわけじゃないの。
彼の顔がみるみる悲しい表情に変わっていく。
彼が謝ることなんて何もない。
ただ私を心配してくれていただけなのに。

「お詫びにご馳走するから、今晩予定空いていないかしら」

マンションまでおくってもらった日、不思議と彼に過去の出来事を詳細に語った。
唯一亘さんには朝日が亡くなったことは話していたが、あんなにも詳細に話したことはない。

彼には不思議な魅力があるのだろうか。
もしかして私は、あのときから彼を…。

朝日が亡くなってから一年以上、私は一人で生きてきた。
ずっと朝日だけを想い、生きていくと決めていた。
しかし三笠くんに抱き締められたあの日、まるで夜が明けはじめ陽の光があたりを照らしていくかのように、私の心に光が差し込んだ。

私はずっと、誰かのぬくもりを求めていたんだ。
だから彼に抱き締められたとき、あんなにも安心したのか。

涙が出なくなるまで、彼は私を抱きしめていてくれた。
そんな彼に私は無条件に身体を預け、涙を流した。

自分の弱いところを人に見せるのは嫌だった。
でも彼なら、良いところも悪いところも全て受け止めてくれるんじゃないか。

私、前に進んでもいいかな?

「…はい、是非」

そう言って彼は控えめな笑顔で笑った。
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