彼女が指輪をはずすとき
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部署に戻ろうとしたとき、ちょうど部署から出てきた藤堂さんにぶつかった。
俺に気づくなり、彼女は食堂でのことを頭を下げて謝った。

あれは俺が彼女のプライベートのことに深く突っ込みすぎたことが原因なのに。
上司で女性である彼女に頭を下げさせるなんて、俺は男として最低だ。
しかもお詫びにご馳走するとまで言ってくれて、どこまで優しいのだろうか。

もちろん食事は快諾したが、奢ってもらおうだなんて思っていないし、俺が全額払うつもりだ。
俺が悪いのだから当然だ。




「待った?」

午後6時。
藤堂さんはヒールを鳴らしながら、俺の前へ走って現れた。
先ほどまで束ねていた髪をおろし、化粧はなおしてきたようで少し濃くなっている。

「いいえ、そんなことないですよ」

俺たちは時間をずらして退社することにした。
俺は5時半頃、彼女はその30分後に会社を出た。

"会社を出たら最寄り駅の無人改札側で待ち合わせましょう"

ご飯の約束をしたあとに、彼女はそう言った。
二人で部署を出ては噂になりあとでいじられる。
そう踏んだのだろう。

「じゃあ行きましょうか」

「はい」

俺たちは二人で無人改札に背を向け歩き出す。
彼女の左隣を歩いていると、いつもの薔薇の香りがふわっと香った。

…綺麗、だな。

彼女の横顔を見てふと思う。
肌は白くきめ細かくて、ニキビや傷は見当たらない。
きちんと手入れされた眉に、頬はピンクに色づいている。
長いまつ毛にくりっとした目、唇は口紅で妖艶さを引き立たせている。

化粧なんてしなくたって、十分綺麗なのに。
むしろ化粧をしていない、ありのままの彼女のほうが綺麗かもしれない。

あの肌に、頬に、唇に触れられたなら。

つい手をのばして触れてしまいたくなる。
そんな衝動に駆られるが、俺はぐっと感情を抑える。
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