クール上司の甘すぎ捕獲宣言!
朱音さんがエレベーターで上がってくる前に、私は慌てて洗面所へ向かうと、下ろされたファスナーを元通りに上げ、髪の毛の乱れを整えた。

そして、リビングに戻ってボレロを羽織ったところで、再び玄関のインターホンが鳴った。

小野原さんが、カチャ、と玄関ドアを開ける音がする。

そして、足音が近付いてきて、リビングのドアが開き--朱音さんと顔を会わせることになった。

「あ……お邪魔してます……」

こんな時間に私がお兄さんの部屋にいて、絶対朱音さんに何か言われるだろうと、つい小さい声になってしまった。

朱音さんは相変わらず、歓迎していない目付きで私をジロリと見たけど、

「……来てたの」

と言っただけだった。

「……?」

……あれ? いつもの威勢はどうした……?

身構えていただけに、拍子抜けした。

……それに、何だか、顔も青白い。こないだの体調不良がまだ続いてるのかな……?

朱音さんはリビングの入り口で立ったままだ。

そして、ややうつむいて、黙りこんでしまった。

「朱音、こんな時間にどうした?」

「……」

小野原さんの問い掛けに対する返事はなかったけど、代わりに、

「……私、やっぱり帰る」

ときびすを返して、玄関に戻ろうとした。

「あ、待って、朱音さん」

私は呼び止める。

「……何かお兄さんに話があって来たんでしょ?ごめんね、私がいたら話しにくいよね」

私は、小野原さんに目配せして、そっと廊下に出た。

「朱音さん、今まで夜遅くに来たことありました?」

「いや、こんな時間は珍しい」

「何か様子も変ですし……よっぽどのことなんだと思います。……今日は帰りますね」

「……そうか……この前からすまない」

小野原さんは、申し訳なさそうに言った。

「そんな、気にしないで下さい。まだ電車もあるし、駅まですぐそこですから、大丈夫です」私は、小野原さんを見上げた。

「あの……また……来てもいいですか?」

「ああ、もちろん」

小野原さんはそう言うと、私の唇に軽いキスを落とした。


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