クール上司の甘すぎ捕獲宣言!
時計が定時の時刻を指す。

「お疲れ様でした~」の声と共に、徐々にフロアに残っている人の数がまばらになっていく。

私は、少し明日の準備をするために、残業することにした。

気分転換するために飲み物を買いに、休憩室へと行く。

そこには自販機が3台置かれていて、社員が自由に買えるようになっている。

そのうちの1台の前。



「あ……」

これから買おうとしているのか、彰斗が立っていた。

こちらに背を向けているので、彰斗は私に気付いていない。

いつもなら、ここで引き返すところだけど――

『話し掛けてみたら?』

志帆のアドバイスが頭の中から聞こえる。

……よし、前に進むため。自分を変えるため。

私は勇気を出して、近付いた。

そして、彰斗が自販機から、ペットボトルを取り出したタイミングを見計らって……声を掛けた。

「あき……江田くん」

私は、あえて学生時代の呼び方で呼んだ。

「……え?」

彰斗は驚いて振り返る。そりゃそうよね、話し掛けるのは数ヶ月ぶりだもん……。

「……久しぶり、ね……」

「……ああ」

「……江田くんは、井村(いむら)くんと優花(ゆうか)ちゃんの結婚式に行くの……?」

井村くんと優花ちゃん、とは、今月末に結婚する新郎新婦のことだ。私達の共通の話題は今、それしかない。

「あ、うん……。永沢さんは?」

彰斗も、昔の呼び名で返してきた。それが、私達の今の距離だ。

「……行くよ。あの二人、絶対幸せになってほしいね」

「そうだな。俺、井村の幸せそうな顔見たら、泣くかもな」

彰斗は、フッと笑った。

彼の、親友を思う気持ちは、昔のままだ。

……あ、何だか普通に話せてる……。

「今から残業か?」

彰斗が尋ねてきた。

「うん、見積の件で、明日朝イチで顧客から電話かかってくるから」

「そうか、大変だな。俺も今から少し仕事するよ。……じゃあ」

彰斗は片手を挙げると、そのまま休憩室を出た。


……良かった。……ちゃんとしゃべれた……かな。

何より驚いたのは、思ったより気持ちが少し晴れやかなことだ。




私を縛っていたのは、私自身だった……?




これなら……少し前に進めるかもしれない。






< 57 / 167 >

この作品をシェア

pagetop