婚前同居~イジワル御曹司とひとつ屋根の下~
再びドキッと騒ぎ出す胸を無意識に手で押さえながら、私は彼の唇がゆっくり開くのを見守った。


「俺に与えられた選択肢はいつもたった一つだったけど……今回は俺も、それが正しいって腹括った。……って言った方が正解かな」


そう呟いて、樹さんは笑い声と同時にクッと肩を上げた。


「与えられた物には違いないけど……俺の意志で選んだ、納得いくたった一つの答えだ」

「樹さん……?」


樹さんは目を細めながら、ゆっくりと私の頬に手を伸ばした。
夜風に冷えた樹さんの手が、とても優しく私に触れる。
一瞬ビクッとしたけれど、火照った頬を冷やしてくれてとても気持ちがいい。


私は、思わずその手に自分の手を重ねていた。
樹さんは、私が重ねた手に視線を落とす。


「俺は……生まれた時から『春海の長男』で、俺の人生に関わるどんなに大事な場面でも、俺自身に選択権はないって思ってたし、それが当たり前だと思ってた。なのに、お前に同情された時思い出したよ、昔のこと。これでも、素直に欲しい物を『欲しい』って、駄々こねて泣いたガキの時代もあった」


樹さんは思い出すように笑って、空いた片手で意地悪く私の鼻を摘んでくる。


「うっ……」

「四捨五入して0歳の頃の俺。俺に『好きだ』ってぶつかってくるお前と、そっくりだった」
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