婚前同居~イジワル御曹司とひとつ屋根の下~
綺麗に磨かれた革靴に足を突っ込む彼に追いつき、


「い、行ってらっしゃい」


一言、そう告げた。
もちろん返事は返ってくることなく、またしても鼻先で玄関のドアを閉められてしまった。


「……はあ」


冷たく閉ざされたドアに額をついて、地味に落ち込む自分をなんとか浮上させようとする。


いつものオフィスでの扱いと、正直それほど大差はない。
今更落ち込むことでもないのに、家でも同じかと思ったら、二倍増しでへこむ。


「ごはんも一人じゃ美味しくないよ……」


なんだか独り言ばかりが増えていくような気がする。


再びダイニングに戻り、残りの食事を続けようとするけれど、もう食欲もない。
ズッと鼻を啜って手の甲で擦ってから、私は食事を止めて食器の片付けを開始した。


こんな生活、樹さんだってきっとつまらないと思ってるはず。
せっかくだから少しは一緒に楽しく過ごしたいのに。


もう、ここまできたら、これは私と樹さんの根比べのようなものだと思った。
歩み寄りを止めたら私の負け。
あしらうのを止めたら樹さんの負け。


それなら、オフィスでも接点がある分、まだ私の方が分があるというもの。
今までと変わらず『好き』という気持ちを伝え続けるだけでいい。


両方から攻め込んで、樹さんが諦めてくれれば、私の勝ち。
『我慢』する樹さんの方が絶対不利だ、と、自分に言い聞かせた。
< 53 / 236 >

この作品をシェア

pagetop