婚前同居~イジワル御曹司とひとつ屋根の下~
「……っ」


樹さんの首に両腕を回してぎゅうっとしがみつくように力を込めると、私の耳元で彼が息をのむ気配を感じた。
私は樹さんの肩口に顔を埋めながら、


「……石鹸の香り」


クンクンと鼻を利かせて、一言、ボソッと呟く。
顔の横から、「は?」と短く訊ね返され、私は固く目を閉じた。


「あの人と、そういうとこに行ってたんですか?」


知りたくないのに、私はそんな質問を口にしてしまう。
樹さんが、ハッと短い息を吐いた。


「そりゃ、風呂上がりのお前の方だろ。変な勘繰りするなよ」

「違います。樹さん、いい匂いします」

「……だから」


はあっと呆れたような大きな息をつき、樹さんが私の肩に手を掛けた。
自分から私を引き剥がそうと力を込めながら、樹さんはまっすぐ立ち上がった。


「嫌」


樹さんの手に抵抗して、私は更に腕の力を強めた。
背の高い樹さんに少しでも近付こうと、床に爪先立ちになる。


「……生駒、離せ」


肩に置かれた手から、力が失われるのがわかった。
それでも私は、ブンブンと首を横に振って反抗する。


「生駒」


耳元で、窘めるように呼び掛けられる。


「私っ……樹さんの婚約者ですっ……!」


嫌々、と駄々をこねる子供のように、私は首を横に振り続けながら声を振り絞ってそう叫んだ。
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