婚前同居~イジワル御曹司とひとつ屋根の下~
「あのな。真に受けるなよ。皮肉に決まってるだろ」


それだけを素っ気なく言い捨て、樹さんは結局『行ってきます』の一言も言ってくれないまま出て行ってしまった。
今日は鼻先でドアを閉められずに済んだけど、私はその場にペッタリとしゃがみ込んでしまった。


なんだか樹さんの意地悪が日に日に際どくグレードアップしてきてるような気がする。
私の反応をからかう為だとわかってても、まさに初めてのキスを奪われた今……他の『初めて』も樹さんに……なんて妄想が広がってしまう。


「初めてのキス……樹さんと……」


思わず呟いてしまったそんな言葉に煽られて、私は更にボッと顔を赤くした。


もちろん昨夜のアレに、樹さんの気持ちがないのはわかってる。
彼にとってはただの口封じで、私を黙らせる為の行為だったとわかっていても、私にとってはファーストキスだ。


意識して思い出すだけで、唇に温もりが蘇ってきそう。
慌てて熱い両頬を手で抑え込むと、自分の手なのに冷たく感じるくらいで。


「……あれ?」


なんとなく違和感が過った。
さっき樹さんに意地悪で頬を掴まれた時だって、今と変わらないくらい私の頬は熱かったはずなのに。


「樹さんの手……」


なんだか熱かった……ような気がする……。
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