夕闇がきみを奪う前に
「ま、なつ?」


「そうさ」とじいさんは、何を当たり前のことを、とでも言いたそうな口調でそう言った。


「今日は7月31日!真夏だろう」

おかげで客が多くて嬉しい限りだよ、と言い残して去っていく。


「7月…31日?」


ふと海小屋にかけられたカレンダーが目に映る。

そこに書かれていた文字を見た瞬間、どくんと心臓がはねた。


それはまるで眩暈がするようだった。

血の気が引いていくのに、外気が暑くてしつこくて、身体が火照って気分が悪い。


……おいおい、待てよ、待ってくれよ。


なんなんだよ、7月?


ふざけんなよ、なんのドッキリだよ。

今日はあいつの葬式からちょうど一か月だろ、11月10日だろ?


なんだよ、7月31日って。


ふざけんなよ、空気も太陽もすげえ夏っぽいし、ドッキリにしてはクオリティ高えよ。

もうほんと、なんなんだよ!


だらだら流れる汗を着ていた長袖の袖で拭って海小屋を出る。


丁度その時、声が聞こえた。


「ねえ、見て、海!」


それは澄んだ声だった。

澄み切った朝の空気のような、凛と咲く花のような、愛らしい鈴の音のような、かわいらしい声。


俺はいよいよ冷汗が止まらない。


…おいおい、冗談じゃねえよ。

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