夕闇がきみを奪う前に
砂浜を目指して歩く。

日向はやっぱりうんざりするほど暑い。


あいつと『俺』をずっと見ていたから、親たちがいるテントの場所も覚えていたからそんなに苦労することもなかった。

目印は、あの赤いテント。俺の家のものだ。


黙ってついてくるあいつに「それ、もってあげようか?」と声をかけると、「いい」と断れてしまった。

多分、すごく警戒されている。

まあ仕方がないことだと思った。

俺、赤の他人だし。見知らぬ大人だし。

っていうか、誘拐犯に間違えられたらどうしよう。警察沙汰は困るぞ。

変な考えを忘れるために、俺はできる限りの明るい声と優しい笑顔であいつに問いかけた。


「海は好き?」


まっすぐな目をするあいつは、あんまり表情を変えずに「うん」と言った。


「どこが好き?」


「きれいだから」


…まるでガラス玉みたいに澄んだこいつの瞳に映る海は、どんな色をしているんだろう。

まるで洗い立てのシーツみたいに優しく包み込んでしまうこいつの心は、どんな風に感じているのだろう。

純粋でまっすぐなこいつには、この海がどんなふうに見えて、どんなふうに感じて、そして何を思うのだろう。


「なみが、キラキラしてる。

すなも、キラキラしてる」


こいつがきれいだと思う海を、俺も改めてみる。

分かるんだ、水面が日光を反射して煌いている様子も。

砂浜さえ日光を反射して輝いていることも。


分かるんだ、見えるんだ、感じてるんだ、ちゃんと。


だけど、やっぱり変わらず海は海としか感じられなくて。

多分きっと、こいつが今見てるようには見れてなくて、こいつが今感じてるようには感じられなくて、きっとこいつが綺麗だと思うのと同じようには綺麗だと思えていない。
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