夕闇がきみを奪う前に
あの日渡せなかった指輪を、あいつの左手の薬指にゆっくりはめる。

あいつはそれをずっと愛しそうに見ていた。


指にはめられた指輪を見て、あいつは嬉しそうに笑った。


「ありがとう」


心から嬉しそうに笑った。


「これでお前は俺の婚約者だから」


他の男に浮気すんなよって言ったら、あいつは「ユキこそ、看護師さんにちょっかい出さないでよね」と鼻をすすりながら答えた。


ばーか。


俺がそういうとお互いぷっと吹き出して笑った。

太陽が優しく俺たちを照らす。


幸せだと、思った。



それなのに。



ぐらり、視界が揺れたような気がした。


「ユキ?どうした?」


あいつは涙をぬぐいながら不思議そうに尋ねる。


「あ…いや、何でもない」


何でもない、ただの気のせいだろう。


ふと空を見上げると、太陽がだいぶ傾いていた。

空は黄金の色をしている。


焦りが体中を駆け巡る。



このままじゃ、陽が沈んでしまう。

夕方になってしまったら、あいつが死んでしまう。


その事態だけは、絶対に避けたい。



「病室に戻ろう」、とあいつに声をかけた。

あいつは素直に頷いて、俺の隣を歩く。


けれどどうやら俺の勘違いではないようだった。


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