いつも酔ってる林檎さんが、イケメン毒舌上司に呪いをかけるお話
「は?誰だぁ、林檎さんに命令するのはっ」
振り返ると、そこに、上杉東彦が立っている。2次元じゃない。
秒殺、あたしはその場で酒を吹き散らした。その後ろに鈴木くん、何故か久保田も居る。「ごめん。僕が呼んであったんだ」岩槻部長がしきりと頭を掻いていた。やる事がスマート過ぎる。そつが無さ過ぎる。アドバンテージ失効!
久しぶりに見た上杉部長は……変わらない。今日も質の良いスーツに身を包んでいて、あの日のマネキンの、男性的な香りをふわりと漂わせた。散らばった酒瓶を眺めて、「見事だ。これほど見苦しいストライクは見た事が無い」
あからさまに無視した。痴話喧嘩だと周りにイジられるのも、ごめんだ。
「何で、久保田さんまで?」と渡部くんがこっそり囁いたら、「偶然会って。ムゲにする訳いかないよ。本人が行きたいって言うし」と鈴木くんが言い訳する。
誘ってもいないのに、のこのこ来たのか。これはもう生け贄決定だな。
「うわ。ヤリマンの酔っ払いだ。みっともねぇな」
さっそく来やがった。追加の酒をぐいっと煽る。待て、待て、待て……この時、まだ理性は働いている。とんでもない事になる前に、内に眠る悪魔を今ここで封印しておかなくては……そこで、あたしは頭をブルブルと振った。
幸い、後から来た3人は離れた位置に座ったので、まず直撃は避けられる。
見ていると、上杉部長はひとまず毒舌を封印、周囲からお世辞と社交辞令を程々に喰らいながら、難なく会話の輪に加わっている。すっかりオフの顔だった。
当の話題は、美穂の功績から、これからの会社の方向性、第1営業部あるあるへと移行する。安易に合コンのような盛り上がり、恋話あたりを期待していたあたしは、少々肩透かしを喰らった。もう、ひたすら飲むしかない。
「林檎さん、次何飲みます?」
食ってます?追加しますか?おつまみは?……飲むと食べる以外、こっちに会話は回って来なかった。「うっぜーな。介護すんじゃねぇワ」と、ぽつんと呟いた時、遠くで誰かがクスッと笑ったような気がする。
9時を過ぎて、宴会は一端、締めに入った。メンツの半分は「明日も早いので」と帰路につく。あたしはそこからカウンターに場所を移し、狙っていた東北地方の日本酒をオーダーした。美穂と渡部くんは少し離れた席で2人、顔を突き合わせて何やら話し込んでいる。これからの事か……。
今日は何を飲んでも同じ味がする気がした。味がしない事と何が違うんだろう。そうしていると1つ席を置いて、その向こうに岩槻部長がやって来る。
「こりゃ美味そうだな」
「はいぃ。ここまで揃うのって奇跡だおぉ」って、ヤバい。思わず自分で自分の口元を塞いだ。勝手にタメ口が崩れてる。当の岩槻部長はそれを気にする風でもなく、おつまみ三種盛りをオゴってくれたので胸を撫で下ろしたけど。
程なくして、岩槻部長の向こうに上杉部長がやってきた。あたしは反対側に顔をそむけて頬杖をつく。無視する部下と、タメ口の部下。上司に取って一体どっちが厄介なの。
不意に、
「こちらは、信州の酒蔵です」
1合枡を刺しだす店員の笑顔には何の躊躇もない。
あれ?こんなの、いつの間に頼んだ?あたしとした事が……とりあえず匂いを嗅いで、「んー」ちくっと、いく。
「ふぉっ」
この世の優しさを全部集めたみたいな柔らかい口当たりに、思わず溜め息が漏れた。その神々しさに触れて、勝手に頭が下がる。しばらくするとカウンターから微かな振動が伝わって来た。……地震か?それともあたしが揺れているのか?
震源地を見れば、向こう先で上杉部長が、くくくと笑っている。思わずムッときたら、間の岩槻部長が気を使って、「林檎さん、僕も一杯オゴろうか」と来た。
僕も、って事は……そうか、これはクソメガネのおごりなのか。ぐいっと行く。
「いえいえぇ。おつまみでぇ、もういいっす。うぷ」
「いいんだよ。遠慮しないで。いつもうちの部下が世話になってるから」
それを耳触り良く受け止めながら、
「あーいいですいいです、あたしの事は。そちらで楽しいお話どうぞぉ。うぷ」
どうせ聞いても分からない。あたしはとことん別客を演じる事にした。
また、ちくっと。どうせこれはクソメガネのおごり。だったら、どんどん行ってやる!談笑している部長2人の様子を肴に、あたしはぐいぐい飲んだ。
〝部長同士は仲が悪い〟これはどの会社にも言える営業あるあるだ。大抜擢された新顔の上杉部長と、社内1の実績を誇る岩槻部長。犬猿の仲だという噂も無い訳じゃないが、本当の所はどうなんだろう。興味でもって、耳を澄ました。
「管理課の言う予算内っていうのは、一体どんぐらいの幅でもって言ってんの」
「おいおい。いきなり喧嘩腰だな。楽しく飲めよ」
飲み過ぎたせいなのか。どっちがどっちに言ってるのかこの時点で分からなくなる。どっちが上杉部長だとしても馴れ馴れしい。何でタメ口が聞けるのか。
「今は赤字でも、これを突破口にして将来的にもっと食い込んでいける会社なんだから。目先の利益に捉われんなって、そっちから突っ込んでよ」
「おいおい。必要経費って言葉知ってるか。勝手に決めるな。事前に連絡しろ。これが管理の鉄則。その顧客は以前から苦情が多いんだって。取引するなら慎重にしろって言った筈だけど」
「頼むよ。あとちょっとだけ。何とか押してくれよ。数字を大台に乗せるから」
「おいおい。さっき目先の利益に捉われんなって言ったのは、上杉の方だろ」
「とか言って、おいおい。結局はどうにかやってくれんだろ。おいおい。な?」
上杉部長は妙に無邪気に振る舞っているように見えた。岩槻部長にお酌をして、逆にお返しを受け、見ていると……まず、彼は目の前のお猪口を静かに持ち上げた。そこから一瞬だけ目を閉じて、その香りを確かめてから口元に運ぶ。しばらく会話を閉じて、その喉越しを確かめていた。……飲み方が、とても綺麗だな。敵ながら、あっぱれ。居酒屋でもなかなかお目に掛からない。
「信州東北の銘柄は人気があるんですよ」
カウンターの店員に話し掛けられるまで、あたしの意識は飛んでいた。ふと気が付くと、後ろの2人席には鈴木くんと久保田が陣取っている。というか、鈴木くんが久保田に捕まっている。だが余計な心配は杞憂に終わる。部長同志が難しい話で盛り上がっている間中、見ている限り、鈴木くんは久保田を殆ど無視して、上杉部長の言う事1つ1つに聞き入っていた。
信州のお酒。最後の一献を、ぐびっとすする。あぁ、フルーティー……こんなに美味しいお酒を飲んでいるというのに、これから久保田にどうやって1撃喰らわせようかと、頭の中が悪意で一杯になってきた。ははは、とうとうルーレットが回り始めたか。「うぷ」
〝みんな、あんたを怨んでる。2度と女に近寄るな〟
過去に誰かに使った覚えのある文句で新鮮味が無い。もっと効果的な嫌がらせはないだろうかと、そんな事を考えながらお酒を追加した。一合枡が宙を舞う。
「こないだのあの企画が割と好評でさ」
上杉部長がその研修のテーマとか流れとか、己のプレゼン攻略とか……そんな講座あるあるをブッちゃけていた。鈴木くんがその後ろでウンウン頷いている。それが、やけに可愛く見えて……君は毒に麻痺しておかしくなってるのか?あそこまで全身全霊、信頼を寄せているかと思うと、妙に癪に障る。いつもいつでも、上杉部長と一緒に居る鈴木くん。これじゃまるであたしが鈴木くんに嫉妬してるみたい。とうとう来ましたね、林檎さん。相当、酔いが回ってるよ?「うぷ」
「凄いですね、林檎さん。でもちょっと量多くないですか」
その鈴木くんが横にやって来た。やって来てしまった……。
「何よぉ。説教かよ。いい加減もうお腹一杯。うぷ」
……クソがぁ。
こんなはずじゃなかった。久保田が居ると言うのに、鈴木くんに向かって照準を定めろと頭が回り始める。もう一人の自分は必死に止めようとしているのに、また別の悪魔がその引き金を引こうとしていた。
「林檎さん、あれから宇佐美くんどうでしょう」
「どうってぇ?」
「ああ見えて、うちのジャ……じゃなかった、ボスが気にしてますけど」
「だったらぁ、自分で確かめに来ればいいんじゃ、うぷっ、じゃないのっ?何でそやって部下に探りを入れ入ら入れさせられられるらららるのよぉぉ」
遠くで誰かが、ぷっと吹き出した。
「あたしが今どんな目に合ってると思ってんの。どんどん来る、クソがぁ」
その誰かはずっと笑っている。
「あんたみたいな部下がホイホイ持ち上げるから、セクハラ野郎パワハラ上司が図に乗るんだよ。1回ぐらい頭カチ割ってド突きなさいよっ」
鈴木くんに向かってするするカマして、そこから思いっきり椅子の背にもたれてエビ反りをきめたら、カーッと頭に血が上った。逆転世界、その視界の先に久保田が居る。待ってました!真打ち登場。
「おーい、ポンコツ久保田ぁ」
あたしは逆さまのまま、陽気に笑顔で手を振った。
「まーだ居たんだぁ。存在感が無さ過ぎて、逆に凄いよ。あんた人事で何て呼ばれてるか知ってる?××××××××!!」
あたしの頭の中、ピーーーーッと警告音にも似た鋭い音が、はっきり流れた。
「呼んでもないのに来んじゃねぇよ、クソが。金置いて、とっとと帰れや」
世界がぐにゃりと歪む。
そこから何を言ったか覚えてないけど、お約束、あたしは気を失ったと思う。
美穂と渡部くん。
あと、お願い。
振り返ると、そこに、上杉東彦が立っている。2次元じゃない。
秒殺、あたしはその場で酒を吹き散らした。その後ろに鈴木くん、何故か久保田も居る。「ごめん。僕が呼んであったんだ」岩槻部長がしきりと頭を掻いていた。やる事がスマート過ぎる。そつが無さ過ぎる。アドバンテージ失効!
久しぶりに見た上杉部長は……変わらない。今日も質の良いスーツに身を包んでいて、あの日のマネキンの、男性的な香りをふわりと漂わせた。散らばった酒瓶を眺めて、「見事だ。これほど見苦しいストライクは見た事が無い」
あからさまに無視した。痴話喧嘩だと周りにイジられるのも、ごめんだ。
「何で、久保田さんまで?」と渡部くんがこっそり囁いたら、「偶然会って。ムゲにする訳いかないよ。本人が行きたいって言うし」と鈴木くんが言い訳する。
誘ってもいないのに、のこのこ来たのか。これはもう生け贄決定だな。
「うわ。ヤリマンの酔っ払いだ。みっともねぇな」
さっそく来やがった。追加の酒をぐいっと煽る。待て、待て、待て……この時、まだ理性は働いている。とんでもない事になる前に、内に眠る悪魔を今ここで封印しておかなくては……そこで、あたしは頭をブルブルと振った。
幸い、後から来た3人は離れた位置に座ったので、まず直撃は避けられる。
見ていると、上杉部長はひとまず毒舌を封印、周囲からお世辞と社交辞令を程々に喰らいながら、難なく会話の輪に加わっている。すっかりオフの顔だった。
当の話題は、美穂の功績から、これからの会社の方向性、第1営業部あるあるへと移行する。安易に合コンのような盛り上がり、恋話あたりを期待していたあたしは、少々肩透かしを喰らった。もう、ひたすら飲むしかない。
「林檎さん、次何飲みます?」
食ってます?追加しますか?おつまみは?……飲むと食べる以外、こっちに会話は回って来なかった。「うっぜーな。介護すんじゃねぇワ」と、ぽつんと呟いた時、遠くで誰かがクスッと笑ったような気がする。
9時を過ぎて、宴会は一端、締めに入った。メンツの半分は「明日も早いので」と帰路につく。あたしはそこからカウンターに場所を移し、狙っていた東北地方の日本酒をオーダーした。美穂と渡部くんは少し離れた席で2人、顔を突き合わせて何やら話し込んでいる。これからの事か……。
今日は何を飲んでも同じ味がする気がした。味がしない事と何が違うんだろう。そうしていると1つ席を置いて、その向こうに岩槻部長がやって来る。
「こりゃ美味そうだな」
「はいぃ。ここまで揃うのって奇跡だおぉ」って、ヤバい。思わず自分で自分の口元を塞いだ。勝手にタメ口が崩れてる。当の岩槻部長はそれを気にする風でもなく、おつまみ三種盛りをオゴってくれたので胸を撫で下ろしたけど。
程なくして、岩槻部長の向こうに上杉部長がやってきた。あたしは反対側に顔をそむけて頬杖をつく。無視する部下と、タメ口の部下。上司に取って一体どっちが厄介なの。
不意に、
「こちらは、信州の酒蔵です」
1合枡を刺しだす店員の笑顔には何の躊躇もない。
あれ?こんなの、いつの間に頼んだ?あたしとした事が……とりあえず匂いを嗅いで、「んー」ちくっと、いく。
「ふぉっ」
この世の優しさを全部集めたみたいな柔らかい口当たりに、思わず溜め息が漏れた。その神々しさに触れて、勝手に頭が下がる。しばらくするとカウンターから微かな振動が伝わって来た。……地震か?それともあたしが揺れているのか?
震源地を見れば、向こう先で上杉部長が、くくくと笑っている。思わずムッときたら、間の岩槻部長が気を使って、「林檎さん、僕も一杯オゴろうか」と来た。
僕も、って事は……そうか、これはクソメガネのおごりなのか。ぐいっと行く。
「いえいえぇ。おつまみでぇ、もういいっす。うぷ」
「いいんだよ。遠慮しないで。いつもうちの部下が世話になってるから」
それを耳触り良く受け止めながら、
「あーいいですいいです、あたしの事は。そちらで楽しいお話どうぞぉ。うぷ」
どうせ聞いても分からない。あたしはとことん別客を演じる事にした。
また、ちくっと。どうせこれはクソメガネのおごり。だったら、どんどん行ってやる!談笑している部長2人の様子を肴に、あたしはぐいぐい飲んだ。
〝部長同士は仲が悪い〟これはどの会社にも言える営業あるあるだ。大抜擢された新顔の上杉部長と、社内1の実績を誇る岩槻部長。犬猿の仲だという噂も無い訳じゃないが、本当の所はどうなんだろう。興味でもって、耳を澄ました。
「管理課の言う予算内っていうのは、一体どんぐらいの幅でもって言ってんの」
「おいおい。いきなり喧嘩腰だな。楽しく飲めよ」
飲み過ぎたせいなのか。どっちがどっちに言ってるのかこの時点で分からなくなる。どっちが上杉部長だとしても馴れ馴れしい。何でタメ口が聞けるのか。
「今は赤字でも、これを突破口にして将来的にもっと食い込んでいける会社なんだから。目先の利益に捉われんなって、そっちから突っ込んでよ」
「おいおい。必要経費って言葉知ってるか。勝手に決めるな。事前に連絡しろ。これが管理の鉄則。その顧客は以前から苦情が多いんだって。取引するなら慎重にしろって言った筈だけど」
「頼むよ。あとちょっとだけ。何とか押してくれよ。数字を大台に乗せるから」
「おいおい。さっき目先の利益に捉われんなって言ったのは、上杉の方だろ」
「とか言って、おいおい。結局はどうにかやってくれんだろ。おいおい。な?」
上杉部長は妙に無邪気に振る舞っているように見えた。岩槻部長にお酌をして、逆にお返しを受け、見ていると……まず、彼は目の前のお猪口を静かに持ち上げた。そこから一瞬だけ目を閉じて、その香りを確かめてから口元に運ぶ。しばらく会話を閉じて、その喉越しを確かめていた。……飲み方が、とても綺麗だな。敵ながら、あっぱれ。居酒屋でもなかなかお目に掛からない。
「信州東北の銘柄は人気があるんですよ」
カウンターの店員に話し掛けられるまで、あたしの意識は飛んでいた。ふと気が付くと、後ろの2人席には鈴木くんと久保田が陣取っている。というか、鈴木くんが久保田に捕まっている。だが余計な心配は杞憂に終わる。部長同志が難しい話で盛り上がっている間中、見ている限り、鈴木くんは久保田を殆ど無視して、上杉部長の言う事1つ1つに聞き入っていた。
信州のお酒。最後の一献を、ぐびっとすする。あぁ、フルーティー……こんなに美味しいお酒を飲んでいるというのに、これから久保田にどうやって1撃喰らわせようかと、頭の中が悪意で一杯になってきた。ははは、とうとうルーレットが回り始めたか。「うぷ」
〝みんな、あんたを怨んでる。2度と女に近寄るな〟
過去に誰かに使った覚えのある文句で新鮮味が無い。もっと効果的な嫌がらせはないだろうかと、そんな事を考えながらお酒を追加した。一合枡が宙を舞う。
「こないだのあの企画が割と好評でさ」
上杉部長がその研修のテーマとか流れとか、己のプレゼン攻略とか……そんな講座あるあるをブッちゃけていた。鈴木くんがその後ろでウンウン頷いている。それが、やけに可愛く見えて……君は毒に麻痺しておかしくなってるのか?あそこまで全身全霊、信頼を寄せているかと思うと、妙に癪に障る。いつもいつでも、上杉部長と一緒に居る鈴木くん。これじゃまるであたしが鈴木くんに嫉妬してるみたい。とうとう来ましたね、林檎さん。相当、酔いが回ってるよ?「うぷ」
「凄いですね、林檎さん。でもちょっと量多くないですか」
その鈴木くんが横にやって来た。やって来てしまった……。
「何よぉ。説教かよ。いい加減もうお腹一杯。うぷ」
……クソがぁ。
こんなはずじゃなかった。久保田が居ると言うのに、鈴木くんに向かって照準を定めろと頭が回り始める。もう一人の自分は必死に止めようとしているのに、また別の悪魔がその引き金を引こうとしていた。
「林檎さん、あれから宇佐美くんどうでしょう」
「どうってぇ?」
「ああ見えて、うちのジャ……じゃなかった、ボスが気にしてますけど」
「だったらぁ、自分で確かめに来ればいいんじゃ、うぷっ、じゃないのっ?何でそやって部下に探りを入れ入ら入れさせられられるらららるのよぉぉ」
遠くで誰かが、ぷっと吹き出した。
「あたしが今どんな目に合ってると思ってんの。どんどん来る、クソがぁ」
その誰かはずっと笑っている。
「あんたみたいな部下がホイホイ持ち上げるから、セクハラ野郎パワハラ上司が図に乗るんだよ。1回ぐらい頭カチ割ってド突きなさいよっ」
鈴木くんに向かってするするカマして、そこから思いっきり椅子の背にもたれてエビ反りをきめたら、カーッと頭に血が上った。逆転世界、その視界の先に久保田が居る。待ってました!真打ち登場。
「おーい、ポンコツ久保田ぁ」
あたしは逆さまのまま、陽気に笑顔で手を振った。
「まーだ居たんだぁ。存在感が無さ過ぎて、逆に凄いよ。あんた人事で何て呼ばれてるか知ってる?××××××××!!」
あたしの頭の中、ピーーーーッと警告音にも似た鋭い音が、はっきり流れた。
「呼んでもないのに来んじゃねぇよ、クソが。金置いて、とっとと帰れや」
世界がぐにゃりと歪む。
そこから何を言ったか覚えてないけど、お約束、あたしは気を失ったと思う。
美穂と渡部くん。
あと、お願い。