いつも酔ってる林檎さんが、イケメン毒舌上司に呪いをかけるお話
笑い混じりの第一声、会話は英語で始まった。早過ぎて何を言っているのかも、何を聞いて笑っているのかも分からない。彼はそこで足を組み替えて、眉間にシワを寄せて……そこから一変、いつかの2人目の上杉東彦が顔を覗かせる。相手がお客様らしい事は分かった。それも海外。時折、取って付けたような笑顔を挟んで、流暢に会話を続けながら、ふと部長はこちらに視線を投げ掛けた。
ここでドヤ顔されても……もう充分、あなたの英会話能力は分かりましたって。
もう何を企んでも追い付けないほど、差を付けられている気がする。
部長はスーツの裏ポケットから何かを取り出そうとして……恐らくそれが見当たらず、そこから、すーっと手がこちらに伸びてくる。あたしの胸元をかすめたその指先で、転がっていたボールペンを見つけて無造作に引き寄せた。何事も無かったように平然と通話を続ける部長が憎らしい。そこに、鈴木くんが慌ててやって来たと思ったら、メモ用紙を部長に手渡した。サラサラと用件を書き込む姿を眺めながら、あたしは自分の不甲斐なさに一時呆然とする。
ドヤ顔な訳がない。こういう場面を察しなくちゃいけなかった。上司に気を利かせるのも仕事なのに。鈴木くんのように、純粋に仕事だけで繋がっていないから、こんな事になる。結果、役に立たない。
色ボケしてる。ヤラしい事ばかり考えてる。それを置いてけぼりにする事で仕事が成立するんじゃなかったのか。分かっていた筈なのに。
あたしは動揺をひた隠そうと、通話の間中、ひたすら雑誌に顔を埋めていた。やがて通話が終わり、部長は鈴木くんに何やら用事を言いつけて、
「ところで、おまえらの企画どうなってる。叩き台ぐらいは出来てんだろうな」
いきなり来た。こうなると、自然と置いてけぼりにならざるを得ない。
「それはまだ……何て言うか、宇佐美くんと突き合わせてなくて」
あたしは口ごもった。現状、あの日先輩のプレゼンを見学して以降、「ヤベぇ」と呟いた宇佐美くんは元より、あたしも妙に自信を失ってしまい、結果、企画が進まなくなっている。とりあえずお互いに1つまとめてから検討しようと言う事にはなっているけれど。
「宇佐美くんと時間も合わなくて、なんかお互いバタバタしちゃうというか」
「何だその言い訳は。それもタメ口で」
真正面から、上杉部長の喝を喰らった。「あぁー……」思わずため息が出る。肝心な所で緊張感が抜けてしまうなんて、情けない。そこで部長は突然、雑誌を机に叩き付けた。鋭い破裂音がして、思わずびくっと体が反応する。
「宇佐美じゃない。おまえの事だろ」
机上の雑誌が、あたしの代わりに拳骨を喰らった。それは机を伝わって、あたしの身体中を震わせる。「……すみません」俯くしかない。しっかりしなきゃ。
会議室を3人揃って後にして、そこから上杉部長と鈴木くんは上階へ、あたしは1つ階下の自分の仕事場へ……踊り場で別れを告げて、それぞれ目的の場所に向かった。上杉部長は階段を上がりながら、鈴木くんと何やら難しい話をしている。2人の声は次第に遠くなり、フロアに消えて、そこで何も聞こえなくなった。
あたしはその場でジッと壁にもたれ、今日1番、永い溜め息をついて……。
「好きなのか」
呟いてから後悔した。それを自分の中で確実にしてしまったら、置いてけぼりにすると決意した側から総崩れになる。もう残念データも追い付けない。潰しても、蹴散らしても、そこら中から勝手に集まってきて、いつの間にか形が出来上がってしまうじゃないか。……ここから、あたしはどこに向かうのか。
人知れず片思いを続けるという、チャレンジャーを目指すのか。
彼女が居る事を承知で、コクって玉砕するという、ドM一直線か。
鈴木くんみたいにフロンティアとなり、上杉部長と共に仕事で闘うという関係もあった。これは否応なく、自分の気持ちを置いてけぼりにしなければならない。
さっきみたいに……あの人にやる気を疑われたくない、と強く思った。それなら尚の事、何としてもこの企画を1つ仕上げなくては……両手を握りしめる。
気持ちの切り替えに頭を振って、いつものように頬を両手で叩いて、オフィスに戻ってきた。
「林檎先輩、腹減ったっすね」
いきなりキレた事を抜かしてくれる。「まだ4時だよ?」
誰かと思ったらウサギ、じゃなくて宇佐美くんだった。今までずっと、さん付けだったから、いきなりそう呼ばれると、一瞬、渡部くんとダブって見える。まさか、もうこっちを舐めてんのか?いや、その判断はまだ早いかな。
さっそく企画の事を話した所、
「僕もちょっと色々と、考えてんですけどぉ」
「そっか。じゃ、どっかでご飯でも食べながら話そっか」
「5時になったら即、退勤しよ」それを言うと、「マジすか」と宇佐美くんは目を輝かせる。成り行き上、「オゴるよ」と言うと、「マジっすか!」と、ますますその目をキラキラさせた。期待を裏切るわけにもいかない。何処にしようかな~と評判のお店をネットで探っていると、
「僕は焼き鳥がいいっすねぇ。でも林檎先輩は酒飲まないっすもんね。焼肉とか寿司とかぁ……あ、打ち合わせしながら食べるって感じじゃないっすね。やっぱカフェみたいな、ですかぁ」なんて、やけに宇佐美くんが饒舌だ。
そのしゃべり方が、ますます渡部くんとダブって見えてくる。
「僕の知ってる所で良かったら、予約しますかぁ」
妙に可愛く見えてきた。なるほど、これが後輩ヤリマンの実態か。
会社を出るまでの間、あたしは宇佐美くんの頼もしい背中を穴があくほど見詰める。ちょいちょい目が合うその度に、宇佐美くんを真っ赤に染めてしまった。
なるほど、これが後輩ヤリマンの……。
ここでドヤ顔されても……もう充分、あなたの英会話能力は分かりましたって。
もう何を企んでも追い付けないほど、差を付けられている気がする。
部長はスーツの裏ポケットから何かを取り出そうとして……恐らくそれが見当たらず、そこから、すーっと手がこちらに伸びてくる。あたしの胸元をかすめたその指先で、転がっていたボールペンを見つけて無造作に引き寄せた。何事も無かったように平然と通話を続ける部長が憎らしい。そこに、鈴木くんが慌ててやって来たと思ったら、メモ用紙を部長に手渡した。サラサラと用件を書き込む姿を眺めながら、あたしは自分の不甲斐なさに一時呆然とする。
ドヤ顔な訳がない。こういう場面を察しなくちゃいけなかった。上司に気を利かせるのも仕事なのに。鈴木くんのように、純粋に仕事だけで繋がっていないから、こんな事になる。結果、役に立たない。
色ボケしてる。ヤラしい事ばかり考えてる。それを置いてけぼりにする事で仕事が成立するんじゃなかったのか。分かっていた筈なのに。
あたしは動揺をひた隠そうと、通話の間中、ひたすら雑誌に顔を埋めていた。やがて通話が終わり、部長は鈴木くんに何やら用事を言いつけて、
「ところで、おまえらの企画どうなってる。叩き台ぐらいは出来てんだろうな」
いきなり来た。こうなると、自然と置いてけぼりにならざるを得ない。
「それはまだ……何て言うか、宇佐美くんと突き合わせてなくて」
あたしは口ごもった。現状、あの日先輩のプレゼンを見学して以降、「ヤベぇ」と呟いた宇佐美くんは元より、あたしも妙に自信を失ってしまい、結果、企画が進まなくなっている。とりあえずお互いに1つまとめてから検討しようと言う事にはなっているけれど。
「宇佐美くんと時間も合わなくて、なんかお互いバタバタしちゃうというか」
「何だその言い訳は。それもタメ口で」
真正面から、上杉部長の喝を喰らった。「あぁー……」思わずため息が出る。肝心な所で緊張感が抜けてしまうなんて、情けない。そこで部長は突然、雑誌を机に叩き付けた。鋭い破裂音がして、思わずびくっと体が反応する。
「宇佐美じゃない。おまえの事だろ」
机上の雑誌が、あたしの代わりに拳骨を喰らった。それは机を伝わって、あたしの身体中を震わせる。「……すみません」俯くしかない。しっかりしなきゃ。
会議室を3人揃って後にして、そこから上杉部長と鈴木くんは上階へ、あたしは1つ階下の自分の仕事場へ……踊り場で別れを告げて、それぞれ目的の場所に向かった。上杉部長は階段を上がりながら、鈴木くんと何やら難しい話をしている。2人の声は次第に遠くなり、フロアに消えて、そこで何も聞こえなくなった。
あたしはその場でジッと壁にもたれ、今日1番、永い溜め息をついて……。
「好きなのか」
呟いてから後悔した。それを自分の中で確実にしてしまったら、置いてけぼりにすると決意した側から総崩れになる。もう残念データも追い付けない。潰しても、蹴散らしても、そこら中から勝手に集まってきて、いつの間にか形が出来上がってしまうじゃないか。……ここから、あたしはどこに向かうのか。
人知れず片思いを続けるという、チャレンジャーを目指すのか。
彼女が居る事を承知で、コクって玉砕するという、ドM一直線か。
鈴木くんみたいにフロンティアとなり、上杉部長と共に仕事で闘うという関係もあった。これは否応なく、自分の気持ちを置いてけぼりにしなければならない。
さっきみたいに……あの人にやる気を疑われたくない、と強く思った。それなら尚の事、何としてもこの企画を1つ仕上げなくては……両手を握りしめる。
気持ちの切り替えに頭を振って、いつものように頬を両手で叩いて、オフィスに戻ってきた。
「林檎先輩、腹減ったっすね」
いきなりキレた事を抜かしてくれる。「まだ4時だよ?」
誰かと思ったらウサギ、じゃなくて宇佐美くんだった。今までずっと、さん付けだったから、いきなりそう呼ばれると、一瞬、渡部くんとダブって見える。まさか、もうこっちを舐めてんのか?いや、その判断はまだ早いかな。
さっそく企画の事を話した所、
「僕もちょっと色々と、考えてんですけどぉ」
「そっか。じゃ、どっかでご飯でも食べながら話そっか」
「5時になったら即、退勤しよ」それを言うと、「マジすか」と宇佐美くんは目を輝かせる。成り行き上、「オゴるよ」と言うと、「マジっすか!」と、ますますその目をキラキラさせた。期待を裏切るわけにもいかない。何処にしようかな~と評判のお店をネットで探っていると、
「僕は焼き鳥がいいっすねぇ。でも林檎先輩は酒飲まないっすもんね。焼肉とか寿司とかぁ……あ、打ち合わせしながら食べるって感じじゃないっすね。やっぱカフェみたいな、ですかぁ」なんて、やけに宇佐美くんが饒舌だ。
そのしゃべり方が、ますます渡部くんとダブって見えてくる。
「僕の知ってる所で良かったら、予約しますかぁ」
妙に可愛く見えてきた。なるほど、これが後輩ヤリマンの実態か。
会社を出るまでの間、あたしは宇佐美くんの頼もしい背中を穴があくほど見詰める。ちょいちょい目が合うその度に、宇佐美くんを真っ赤に染めてしまった。
なるほど、これが後輩ヤリマンの……。