いつも酔ってる林檎さんが、イケメン毒舌上司に呪いをかけるお話
こっちの返事を待たずに、彼はさっさと歩きだした。鈴木くんが恥ずかしそうに頭を掻きながら、「林檎さん、行きましょう」と穏やかに手招きする。
「悪いけど鈴木も一緒だ。ヤラしい事考えるなよ」
「ありがとうございます。あー良かった。命拾いしました」
半分、本音だった。2人きりで向き合ったら、今はどうなるか分からない。鈴木くんの存在が、真剣に有難いと思う。通路からお店に向かう道すがら、会話をするのはもっぱら鈴木くんとだけ。後輩ヤリマンがダダ漏れかもしれない。
「デカい仕事の後は、たまに、こうやってオゴってもらえるんですよ」
この笑顔に緊張が一瞬でほぐれる。第5営業部の日常が目に浮かぶようだった。
連れられてやってきたお店は、落ち着いた内装の居酒屋である。豪華な日本酒のラインナップに、ちょっと、たじろいだ。「僕らビールです」そこから、つまみも惣菜も、鈴木くんが手際よくぽんぽん注文している。その鮮やかな手さばきに、宇佐美くんの未来を重ねてみたり。今はやっと渡部くん、だけどね。
「林檎さん、飲まないんですか」
あ、う、え。
企画が通ったら、と断酒している事は誰にも言ってない。「いいだろ。少しなら」と上杉部長は勝手に日本酒を注文、注がれてしまった。くうぅ。美穂と渡部くんは居ない。ベロベロになった場合、誰を頼るのか。ターゲットを肉眼で確認。
「では、ここは鈴木くんと言う新しい保護者を信頼して、飲みます」
「ええぇー」という泣き事はこの際無視して、乾杯。
ちくっと……く、くぅぅぅっ……うめぇっ!
久しぶり過ぎてマジ泣けてくる。よく我慢したな、あたし!
上杉部長は秒殺、吹き出して、いつものように押し殺した笑いで肩を震わせた。
「あの」と、一言いっただけなのに、「出た」と来たのは鈴木くんだった。部長も部長で、「来た来た」と笑う。「何ですか」
「前も言ったけど、おまえがそれを言う時は、碌でもない事しか出て来ない」
「今日は何の呪いだろうな」と来て「真面目に仕事の話ですっ」
お猪口をえいっ!と煽った。瞬時に鈴木くんがお代わりを注ぐ。出来杉くん?
「第5っていうのは、結局どういうお客さんが担当なんですか」
今の所、上杉部長が関わる講座のお手伝いしかしていない。実態がよく見えない。それを言うと、
「基本、うちのジャ……ボスが講座をやるので、その関係が主軸なんですけど。参加者から研修の依頼が、一般企業から自治体まで幅広く来ちゃうんで、後はそれを他の営業に回しています」
つまり、これをキッカケに他の営業部の営業をしている。そう聞こえた。
「キングオブキングみたいな?」と好い様に言ってみたら、部長が何気に得意そうにフンと鼻を鳴らす。それでも嬉しさを隠しきれないらしく、手の甲で口元を覆ったまま愉快そうに笑っていた。なるほど、岩槻部長も頭が上がらない訳だ。
「直接ボスにやって欲しいって来る依頼もあるんですけど、それは何て言うか」
鈴木くんが口を濁したら、
「最近だよな。やっと選べるようになったのは」
ずっと黙っていた上杉部長がそこで口を挟んだ。2人の歴史が垣間見える。選べない事ばかり飲み込んで来たのは、どこも同じなんだな。
運ばれてきた唐揚げに喰い付き、サラダをつまみ、ポテトフライを主食にして、その辺りから、酒のせいか部長もやけに口が軽くなって、声が弾んでくる。
岩槻部長と初めて出会ったのは、数年前のリーダー研修だという事も聞いた。この時、上杉部長が講師で、岩槻部長は参加者で。それじゃタメ口も出る。
「俺が本気出したら、すぐにでも独立できる」
すかさず、「ですよね」と鈴木くんが大きく頷いた。相変わらず、イエスマンが止まらない。そこから話題は縦横無尽、部長の個人的見解&自論に発展。
「動物というより恐竜だ。喰うか喰われるかの、あの刹那が堪らないだろ」
「分かります」ウソだよね。君は間違いなく喰われる側だよ?
「何故、女性は自分の位置を誰より高く設定したがるのか、それが謎だ」
「はぁ」さすがの鈴木くんも、あたしを前に言葉を無くしている。
「デブは巨乳。ブスは個性的。とにかくキレイ事並べてオブラートに包む。男にはハゲとかゲスとか現実叩き込むクセに」
暴言が止まらない。「これ、どういう罰ゲーム?」あたし達はずっと聞かされていた。おごりじゃなかったら、とっくに逃げ出している。
「何であたしばかりに雑用を?」と話の切れ間に振ってみたら、
「フザけた名前だから、ちょっとムカついて」
「はい。覚えやすかったからです」と、すかさず鈴木くんが笑顔で割り込んだ。そうか。こうやって、鈴木くんは毎日フォローしているのか。
「ほんと偉いよね」
それを言った時、上杉部長の目が〝なるほど、これが後輩ヤリマンの〟となじるように見えた。まだそれほどの量は飲んで居ないのに、部長の目が据わっているように見えるけど、気のせいか。と言う事で、話題転換。
「部長は、鈴木くんとはどれぐらい一緒なんですか」
「僕が出張で横浜に行くようになってから、2年ぐらいになりますかね」
部長ではなく鈴木くんが答えた。そういうスタイルが癖になっているのかも。
「実は男同士で一線越えちゃってます、と聞いても驚かないよ。林檎さんはぁ」
「もう、やめて下さいよ」とか言いながら、鈴木くんが妙に嬉しそうに見えるのは、これも気のせいか。
上杉部長はグラスのビールを一気に空けて、「ちょっとツルんだ、それだけで男同士でも怪しいと疑う。おまえらの頭ん中っていうのはそれしかないのか」
あたしは身を乗り出した。
「そうですよ。それしか有りませんよ。例えば、鈴木くん彼女いるのかな?とか。今も考えてまーす」「はぁ、居ません」「マイ・フレンド」そこで鈴木くんと熱いハイタッチをかわした。〝なるほど、これが〟と、部長の心象、再び巻き起こっているかもしれない。それプラス、俺の可愛い鈴木をナンパしたら殺す……あたしはずっと部長からそんな目で睨まれていた。やけにBL臭が漂ってくる。
「で、上杉部長はどうなんですか。そういうラブライフは」
「仕事は山ほどある。色ボケしてる暇なんか無い。明日からも飛ばすぞ」
酒の勢い、思い切って踏み込んではみたけれど、誤魔化したな。答えが前ノリ気味で、やや早過ぎるきらいはある。今日の林檎さんはそれで引き下がる気は毛頭無かった。極秘事項?そんなの、うっちゃえ。これも酒のせいか。あたしもお猪口に残る日本酒をぐいっと空けた。
「忙しくても色ボケする人はしますよ。キャバクラ行って、セフレを囲って」
ちらっと見る。動じない。確信した。あの噂はガセなのだ。てことはやっぱり。あたしは明後日の方向をワザと向いた。はねたアホ毛をくるくるしながら、
「いつだったかなぁ~。見ましたよぉ~。綺麗な人連れちゃってぇ~。ありゃ妹だよってベタなオチは止めてくださいねぇ~」
はっきりカマかけた。
彼は、「ちょっと電話してくる」と突然席を立つ。それ以上突っ込まれないよう逃げ出したとしか思えない。
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