いつも酔ってる林檎さんが、イケメン毒舌上司に呪いをかけるお話
〝有能な独身イケメン部長に女性社員は興味深々〟
あたしが美穂のマンションに転がり込んで1カ月。
今まで自宅から通うと1時間以上は通勤に掛かっていたので、会社から30分のこの別宅(?)を、あたしは便利に使わせてもらっている。
駅までも近いから、朝は9時からの始業に合わせて8時過ぎに出ればいい。だが近年、9時から仕事という概念は崩壊しつつある。研修次第で朝はもっと早く出る事もあるし、営業職の美穂などは会議でプレゼンする日、前の晩から泊まり込む事もあった。
蛇口から直接水を飲んでいると、そこに渡部くんが起きてきた。
「ふぁいっす」
いつもの事だが、舐められていると感じる。
彼はあたしに連れられて美穂のマンションに遊びに来るようになり、そこから3人でご飯を食べたり、愚痴を言ったり、恋話にも盛り上がって、ついでに一泊。本人も居心地がいいらしく、こうしてよく入り浸るのだ。
「男のブツブツ肌にも効くんすかね、それ」と、美穂とあたしの化粧品を勝手に使う。「この匂い。ラブリーっすね」と、高価なボディクリームを惜し気もなく塗りたくる。遊びに来る度、彼の女子力はどんどん上がる傾向にあった。
「林檎先輩、覚えてます?ゆうべ話した事」
「失礼な。覚えてるよ。あの程度で気絶しないもん」
ゆうべはあの、上杉東彦の話で盛り上がった。上杉部長の研修に入った事ありますよぉ~そん時はぺーぺーでしたけどぉ~、とか言ってたね。今もぺーぺーが。
「同期がその下に居るんすけど。いやマジ、おっかないみたいで」
「確かに厳しい人みたいだけど。そうなるにはそれなりの」と美穂が言うには。
地方自治体からベンチャー企業まで、多くの顧客を引っ提げて本社にやって来た。公開講座では自らが講師となる事もあり、そこから排出された人材がそれぞれ会社を立ち上げ、それがそのまま彼の顧客となりにけり。
キラキラしい肩書きと人脈を一体いくつコレクションすれば気が済むのか。性格の悪さで、たっぷりお釣りがくる事を思えば、もう残念としか言いようがない。
「だけど、そういう実績のある人が会社には居ないとね」
最近、特に……美穂の言動には、はっきりと変化があった。それも頷ける。
美穂はこの4月、一般企業を担当する第1営業部で、1企業を担うグループのリーダーに昇進したのだ。同期が結婚、昇進、転職、様々に変わっていく中で、あたしだけが取り残されている。これを味わいだと捉えて受け入れている事すら、正直、単なる痩せ我慢じゃないか。あたしだって、何か変わりたい。
ちくっと……どころでは物足りなくなって、ゆうべは、ぐいっと煽った。
老舗旅館一泊ペアで10万円。銘酒を海の幸と共に頂く旅行券。
うっほーい!かんぱーい!
しかしこれは……恐らく上杉東彦が、本命と楽しもうとした所を、急に行けなくなったとかでポイ。いやそれにしては勿体なくない?予約が決まっている訳じゃないんだから、また別の日の為に取っておけばいい話だ。つまり、ポイされたのは上杉東彦の方なのだ。それをあの女の子に八つ当たりして……ゆうべの宴会でそんな妄想を、美穂と渡部くんに話して聞かせたら、
「口止め料なんすよね?いいんすか?ここで話しちゃって」
いいのいいの~と旅行券をヒラヒラさせて、渡部くんを軽くあしらった。
「壮絶よね。色々噂のある人だけど本当の所どうなんだろ」
その噂、美穂曰く。
ハ虫類を飼ってる。セフレがいる。キャバクラ通いに夢中。実はハゲてる。
その噂はどれもいい塩梅の肴になり、特に最後の一つで宴会は爆発的に盛り上がった。程なくして宴会はお開きとなりにけり。あたしはお風呂に入らないまま、その場で果てて……マジ変わらないと、今のままでは世の男性からポイされる。
「僕、荷物取りに戻ってから会社に直行しますね」と適当に身支度して、渡部くんがドアの向こうに消えた。あたしはそこからシャワーを浴びて……ちくっと仕込む。いつか、ペーペーの渡部くんにも抜かれる日が来るのかな。ここで、ぐいっと行ってしまった。これは苦い目覚めの味がする。
テーブルの上には〝今日もお先に〟とメモがあった。美穂のグループでは朝活で研修をやれないかという話が持ち上がっていて、それを実際やってみようという事らしい。早くも管理職の貫禄漂う大人の字だと思った。仕事に生きる女だな。
身支度をして、美穂のブラウスを借りて、朝ごはんはいつものカフェでコーヒーとサンドイッチ。オフィスまでの道のりと時間、まるで別の誰かが乗り移っているみたいに自動的に、勝手に流れて行く。今日の研修参加者がビルの中に次から次へと飲み込まれていくのを、ぼんやりと眺めた。
ぼんやりと、味の薄っすい1日の始まりである。
〝有能な独身イケメン部長に女性社員は興味深々〟という最近のトピック。
これは4階フロアを席巻している。〝アタリ〟〝ハズレ〟と並んで、彼の居る日を〝別腹〟という隠語が生まれるまで、それほど時間を要しなかった。
今日は早めにランチを切り上げて、給湯室で食後のコーヒーを仕込みつつ、その先の喫煙室を窺ったら、煙の中、上杉東彦が今日も居る。
彼と目が合った。途端にクールな目元がきゅっと細くなる。それはまるで獲物として照準を絞られたように感じて、あたしは慌てて給湯室に隠れた。
そこに同じフロアで広報課の女性社員3人組がやってきて、「林檎ちゃーん」といつも馴れ馴れしく頭を撫でてくれるけど2つ後輩である。やっぱ舐めてんな。
「いる?」「いるいるぅ」「ちょっとお話してこよっ」と体中からハートマークを飛ばしながら1人が飛び込んだ。そして5秒もしないうちに飛び出してくる。
「もう!何あれ。今どき女だってタバコ吸うでしょ!?ね?吸うよね!」
ブチ切れした挙句、ちょうど作りたてのコーヒーを横から奪われてぐい飲みされてしまった。舐めてる、を通り越して全部飲まれてる。
「じゃ、今度はあたしが」と、次の1人が意を決して入って行ったかと思いきや、1分もしないうちにハンカチを握りしめて出て来たかと思うと、「あたしって、臭い?」と、その場で泣き崩れた。「まぁまぁ」と、淹れたてのコーヒーを、今度はこっちが渡して慰める羽目に陥る。「おっしゃ」と何かを決意して向かった3人目は3分後、うおおぉぉぉー!と雄叫びを上げて、フロア通路を見えない速度で猛ダッシュ、駆け抜けて行った。「コーヒー、要らないの?要らないね。はい」
次の日も、その次の日も、隣の喫煙室では上杉東彦と女の子が仲良く修羅場を展開している。その都度、様子を窺っているけれど、そこから笑顔で出てくる女の子は1人も居ない。泣くか、怒るか。
恐る恐る、首を伸ばして喫煙室を覗くと、また目が合った。
今日のスーツはダークブルーのペンシル・ストライプ。そこを一色のネクタイで手堅い印象をきっちり固めている。見た目で言えば、これは誰でも騙される。
睨まれたまま、10秒、20秒、30秒、何故か向こうが目を逸らそうとしない。まるで根性比べ。目線を繋いだまま、そろり、そろり、と後退してあたしの方から消えた。「こ、怖ぁ」給湯室に引っ込み、キッチンにもたれて膝から崩れる。ちくっとやろうとして、やっぱり止めた。美味しい肴にはなりそうもない。気を取り直し、醒めたコーヒーを淹れ直して、あたしはデスクに戻ってくる。
上杉東彦は、いつも不機嫌だった。イケメンでも、それが残念である。居心地悪いなら自分のフロアに戻ればいいのだ。
「こっちの居心地も悪いので」
来週に迫った一般向け公開講座のテキストを見直して、指示のある所を修正。
昨日、渡部くんが出したばかりなのに、すぐに戻って来た。右上に〝武内〟とリーダー印があって〝全体的に色合いを含めてもう少しクリアに〟と但し書きがある。はいはい。鮮やかでもなく、華やかでもなく、とことんクリアに。一般向けにはキャッチーという分かり易さが求められているのだ。
〝社内で1UPを目指すためのコーディネート講座(仮)〟
うちはお堅い研修ばかりではない。一般会社員に向けて柔らか~い内容もやってますよとアピールする意味がある。だからといってアロマとかヨガとか、そこまで柔らかく広げる見込みは無いようで、あくまでもビジネスに特化して顧客を掴む方向性は設立以来ブレなかった。
「林檎さぁん、今いいかなぁ」
この前フリに、ダメ!と言える奴なんか居るのか。
だが、あたしはいつから苦情係、パワハラ・セクハラ撲滅委員会の担当になったのか。その後輩女性社員は、ついでのように誰かのお土産をツマみながら、「あんな事を言われてる子を見ちゃったんです」「こんな事も言われて可哀想で」と、被害の一部をまくしたてた。
〝第5営業部あるある。上杉東彦にまつわるセクハラ・パワハラの数々〟
これがこの所周辺で1番のトピックである。あたしの所にも、こうやって後輩が何人かやって来た。可笑しな話だが、被害者本人は何も訴えてこない。当事者不在のまま、被害状況だけが周囲からお知らせされてくるという珍しいパターンだった。上杉東彦はよっぽどの部長権力でもって、チクるんじゃねぇ!とばかりに下の人間を恐怖に陥れているのかもしれない。あの態度なら、さもありなん。あんな危険物、一体誰の手に負えるのか。もし後輩が被害者で泣き付いてきたら、「わかるわぁ」と、お酒でもオゴってやりながら同情して肩を叩いてやろう。今回はそのパターンかなと、あたしは先を読んでいた。だがそういう酒は……あたしの思い描く豊かなアルコール・タイムとは程遠い。うーん。
今まで自宅から通うと1時間以上は通勤に掛かっていたので、会社から30分のこの別宅(?)を、あたしは便利に使わせてもらっている。
駅までも近いから、朝は9時からの始業に合わせて8時過ぎに出ればいい。だが近年、9時から仕事という概念は崩壊しつつある。研修次第で朝はもっと早く出る事もあるし、営業職の美穂などは会議でプレゼンする日、前の晩から泊まり込む事もあった。
蛇口から直接水を飲んでいると、そこに渡部くんが起きてきた。
「ふぁいっす」
いつもの事だが、舐められていると感じる。
彼はあたしに連れられて美穂のマンションに遊びに来るようになり、そこから3人でご飯を食べたり、愚痴を言ったり、恋話にも盛り上がって、ついでに一泊。本人も居心地がいいらしく、こうしてよく入り浸るのだ。
「男のブツブツ肌にも効くんすかね、それ」と、美穂とあたしの化粧品を勝手に使う。「この匂い。ラブリーっすね」と、高価なボディクリームを惜し気もなく塗りたくる。遊びに来る度、彼の女子力はどんどん上がる傾向にあった。
「林檎先輩、覚えてます?ゆうべ話した事」
「失礼な。覚えてるよ。あの程度で気絶しないもん」
ゆうべはあの、上杉東彦の話で盛り上がった。上杉部長の研修に入った事ありますよぉ~そん時はぺーぺーでしたけどぉ~、とか言ってたね。今もぺーぺーが。
「同期がその下に居るんすけど。いやマジ、おっかないみたいで」
「確かに厳しい人みたいだけど。そうなるにはそれなりの」と美穂が言うには。
地方自治体からベンチャー企業まで、多くの顧客を引っ提げて本社にやって来た。公開講座では自らが講師となる事もあり、そこから排出された人材がそれぞれ会社を立ち上げ、それがそのまま彼の顧客となりにけり。
キラキラしい肩書きと人脈を一体いくつコレクションすれば気が済むのか。性格の悪さで、たっぷりお釣りがくる事を思えば、もう残念としか言いようがない。
「だけど、そういう実績のある人が会社には居ないとね」
最近、特に……美穂の言動には、はっきりと変化があった。それも頷ける。
美穂はこの4月、一般企業を担当する第1営業部で、1企業を担うグループのリーダーに昇進したのだ。同期が結婚、昇進、転職、様々に変わっていく中で、あたしだけが取り残されている。これを味わいだと捉えて受け入れている事すら、正直、単なる痩せ我慢じゃないか。あたしだって、何か変わりたい。
ちくっと……どころでは物足りなくなって、ゆうべは、ぐいっと煽った。
老舗旅館一泊ペアで10万円。銘酒を海の幸と共に頂く旅行券。
うっほーい!かんぱーい!
しかしこれは……恐らく上杉東彦が、本命と楽しもうとした所を、急に行けなくなったとかでポイ。いやそれにしては勿体なくない?予約が決まっている訳じゃないんだから、また別の日の為に取っておけばいい話だ。つまり、ポイされたのは上杉東彦の方なのだ。それをあの女の子に八つ当たりして……ゆうべの宴会でそんな妄想を、美穂と渡部くんに話して聞かせたら、
「口止め料なんすよね?いいんすか?ここで話しちゃって」
いいのいいの~と旅行券をヒラヒラさせて、渡部くんを軽くあしらった。
「壮絶よね。色々噂のある人だけど本当の所どうなんだろ」
その噂、美穂曰く。
ハ虫類を飼ってる。セフレがいる。キャバクラ通いに夢中。実はハゲてる。
その噂はどれもいい塩梅の肴になり、特に最後の一つで宴会は爆発的に盛り上がった。程なくして宴会はお開きとなりにけり。あたしはお風呂に入らないまま、その場で果てて……マジ変わらないと、今のままでは世の男性からポイされる。
「僕、荷物取りに戻ってから会社に直行しますね」と適当に身支度して、渡部くんがドアの向こうに消えた。あたしはそこからシャワーを浴びて……ちくっと仕込む。いつか、ペーペーの渡部くんにも抜かれる日が来るのかな。ここで、ぐいっと行ってしまった。これは苦い目覚めの味がする。
テーブルの上には〝今日もお先に〟とメモがあった。美穂のグループでは朝活で研修をやれないかという話が持ち上がっていて、それを実際やってみようという事らしい。早くも管理職の貫禄漂う大人の字だと思った。仕事に生きる女だな。
身支度をして、美穂のブラウスを借りて、朝ごはんはいつものカフェでコーヒーとサンドイッチ。オフィスまでの道のりと時間、まるで別の誰かが乗り移っているみたいに自動的に、勝手に流れて行く。今日の研修参加者がビルの中に次から次へと飲み込まれていくのを、ぼんやりと眺めた。
ぼんやりと、味の薄っすい1日の始まりである。
〝有能な独身イケメン部長に女性社員は興味深々〟という最近のトピック。
これは4階フロアを席巻している。〝アタリ〟〝ハズレ〟と並んで、彼の居る日を〝別腹〟という隠語が生まれるまで、それほど時間を要しなかった。
今日は早めにランチを切り上げて、給湯室で食後のコーヒーを仕込みつつ、その先の喫煙室を窺ったら、煙の中、上杉東彦が今日も居る。
彼と目が合った。途端にクールな目元がきゅっと細くなる。それはまるで獲物として照準を絞られたように感じて、あたしは慌てて給湯室に隠れた。
そこに同じフロアで広報課の女性社員3人組がやってきて、「林檎ちゃーん」といつも馴れ馴れしく頭を撫でてくれるけど2つ後輩である。やっぱ舐めてんな。
「いる?」「いるいるぅ」「ちょっとお話してこよっ」と体中からハートマークを飛ばしながら1人が飛び込んだ。そして5秒もしないうちに飛び出してくる。
「もう!何あれ。今どき女だってタバコ吸うでしょ!?ね?吸うよね!」
ブチ切れした挙句、ちょうど作りたてのコーヒーを横から奪われてぐい飲みされてしまった。舐めてる、を通り越して全部飲まれてる。
「じゃ、今度はあたしが」と、次の1人が意を決して入って行ったかと思いきや、1分もしないうちにハンカチを握りしめて出て来たかと思うと、「あたしって、臭い?」と、その場で泣き崩れた。「まぁまぁ」と、淹れたてのコーヒーを、今度はこっちが渡して慰める羽目に陥る。「おっしゃ」と何かを決意して向かった3人目は3分後、うおおぉぉぉー!と雄叫びを上げて、フロア通路を見えない速度で猛ダッシュ、駆け抜けて行った。「コーヒー、要らないの?要らないね。はい」
次の日も、その次の日も、隣の喫煙室では上杉東彦と女の子が仲良く修羅場を展開している。その都度、様子を窺っているけれど、そこから笑顔で出てくる女の子は1人も居ない。泣くか、怒るか。
恐る恐る、首を伸ばして喫煙室を覗くと、また目が合った。
今日のスーツはダークブルーのペンシル・ストライプ。そこを一色のネクタイで手堅い印象をきっちり固めている。見た目で言えば、これは誰でも騙される。
睨まれたまま、10秒、20秒、30秒、何故か向こうが目を逸らそうとしない。まるで根性比べ。目線を繋いだまま、そろり、そろり、と後退してあたしの方から消えた。「こ、怖ぁ」給湯室に引っ込み、キッチンにもたれて膝から崩れる。ちくっとやろうとして、やっぱり止めた。美味しい肴にはなりそうもない。気を取り直し、醒めたコーヒーを淹れ直して、あたしはデスクに戻ってくる。
上杉東彦は、いつも不機嫌だった。イケメンでも、それが残念である。居心地悪いなら自分のフロアに戻ればいいのだ。
「こっちの居心地も悪いので」
来週に迫った一般向け公開講座のテキストを見直して、指示のある所を修正。
昨日、渡部くんが出したばかりなのに、すぐに戻って来た。右上に〝武内〟とリーダー印があって〝全体的に色合いを含めてもう少しクリアに〟と但し書きがある。はいはい。鮮やかでもなく、華やかでもなく、とことんクリアに。一般向けにはキャッチーという分かり易さが求められているのだ。
〝社内で1UPを目指すためのコーディネート講座(仮)〟
うちはお堅い研修ばかりではない。一般会社員に向けて柔らか~い内容もやってますよとアピールする意味がある。だからといってアロマとかヨガとか、そこまで柔らかく広げる見込みは無いようで、あくまでもビジネスに特化して顧客を掴む方向性は設立以来ブレなかった。
「林檎さぁん、今いいかなぁ」
この前フリに、ダメ!と言える奴なんか居るのか。
だが、あたしはいつから苦情係、パワハラ・セクハラ撲滅委員会の担当になったのか。その後輩女性社員は、ついでのように誰かのお土産をツマみながら、「あんな事を言われてる子を見ちゃったんです」「こんな事も言われて可哀想で」と、被害の一部をまくしたてた。
〝第5営業部あるある。上杉東彦にまつわるセクハラ・パワハラの数々〟
これがこの所周辺で1番のトピックである。あたしの所にも、こうやって後輩が何人かやって来た。可笑しな話だが、被害者本人は何も訴えてこない。当事者不在のまま、被害状況だけが周囲からお知らせされてくるという珍しいパターンだった。上杉東彦はよっぽどの部長権力でもって、チクるんじゃねぇ!とばかりに下の人間を恐怖に陥れているのかもしれない。あの態度なら、さもありなん。あんな危険物、一体誰の手に負えるのか。もし後輩が被害者で泣き付いてきたら、「わかるわぁ」と、お酒でもオゴってやりながら同情して肩を叩いてやろう。今回はそのパターンかなと、あたしは先を読んでいた。だがそういう酒は……あたしの思い描く豊かなアルコール・タイムとは程遠い。うーん。