どん底女と救世主。
ーー触らないで…!
椅子を弾き飛ばし立ち上がりながら、思わず心の中で叫んでいた。
がたっ。
椅子が後ろの席の椅子とぶつかり軽く音を立てた瞬間、我に返る。
うわ、ちょっと何やってるんだろう私…。
浮きかけた腰を下ろしながら周りを確認すると、幸い誰も私のおかしな行動には気づいていない。
よかった…。今はみんな深山課長に意識が集中していて、私のことなんて視界に入っていないみたいだ。
ほっと一息つき、声に出さなかった自分を褒める。
こんなこと声に出していたら、とんでもないことになっていた。
『触らないで』、なんて…。
私にそんなことを思う権限なんてないのに。
希ちゃんが深山課長に触れたことを怒るなんて、まるで課長は自分のものと思ってるみたい。恥ずかしい…。
思い上がりもいいとこだ。
あの日。深山課長と出かけたあの日。
ふたりで買い物をして、ランチを食べて。あの後、家に帰って鍋を食べてお酒まで一緒に飲んだ。
すごく楽しくて、すごくキラキラしていた。
あの日から私はおかしくなってしまったんだ。
見ないようにしていた、開けてはいけない扉を開けてしまった。