パンデルフィーの花びら
ーー月が出ている。
そこまで高い位置にないのか、その姿はライナには見えなかった。しかし、見上げたイルミスがライナに影を落としている。
イルミスの、息を吸い込む音が聞こえた。
「〝騎士様〟はやめてください。私にも名前がある」
「でも」
突然のお願いに、ライナは目を白黒させた。名前を呼ぶ方が失礼にあたるとミレーヌに言われていたからだ。
「忘れたのなら、また教えます。だから、」
じり、とさらに体を寄せられて懇願されると、どうしてよいかわからなくなる。扉に腕をついて下がってきたイルミスの顔が光を遮断し、ついにライナの視界は真っ暗になった。
「わっ、わかりましたわかりました!」
ライナは困惑のあまりイルミスの胸を手で押し戻した。
「いいいイルミスさんのことは、ちゃんと名前で呼びますから!」
「そうですか」
ライナの言葉を聞くと、イルミスは拍子抜けするほどあっさりと体を離した。ライナはほっと胸をなで下ろしている。イルミスは少し笑っているようだった。
「ふふ。可愛いですね」
「からかわないでください……」
逆光によりはっきりとは分からなかった表情は、どうなっているのだろう。彼の今までとは随分違う様子に、ライナはまた鼓動が速くなった。