死は始まりなのだと彼等は言う
「────っでさ〜、この時忠がさぁ!?」

ここは駅近くの居酒屋だ。俺らと同じくスーツ姿の人達で賑わっている。奮発して個室の部屋を取り、3人で机を囲んだ。今慎也は、隣にいる忠をめちゃくちゃに罵っている。彼の肩に腕を乗せ、ジョッキ片手に絡んでいる。どうやら慎也は酒にとても弱いらしく、たったジョッキ1杯にも満たないビールでもう上機嫌な様子だった。

「っ……チッ……っああぁあぁもう!毎っ回毎回うっせぇんだよてめぇは!!その話何っ回目だっつぅの!酒弱ぇクセに一気飲みしてんじゃねぇアホ!!ほら、ジョッキ寄越せ。」

「えええええぇ〜!?まだオレ飲みたりにゃいのに〜!返せよぉ〜ただしぃ〜!もっと飲もうぜぇ〜!?」

「……にゃい……ブフッ……クククッ……!」

俺も酒が入っているせいか、少しネジの外れている状態だ。見たところ、忠はザル。俺は普通だと思う。慎也は弱い上に絡み酒のようだ。見ていてとても滑稽で面白い。

「ユウも笑ってねぇで助けろよ!!あっ……コラ、何やって……!おいシン……!!くっ付くなコラ!気色悪ぃ!!」

「た〜だ〜しぃ〜……お酒寄越せよぉ〜……今日は飲もうって言ったじゃんかぁ〜……ただしの嘘つきぃ〜……。」

忠に絡みつくようにジョッキへと手を伸ばす。そのまま忠を押し倒すような形で、2人は机の影に消えた。

「ちょ、馬鹿やめっ……!!」

「うわぁっ……!?」

「あ……。」

バシャっと液体のこぼれる音が聞こえた。大体予想がつくが、俺は2人の居る反対側へ回ると、その様子に唖然とした。

「た、忠……平気か……?」

「……クソ最悪だよ……。」

取り上げたジョッキの中に残っていたビールを、思いっきりシャツにぶちまけていた。慎也がジョッキを引っ張ったせいで、すべてのビールが忠のシャツへ染み込んだ。

「あ〜……ビール……ない………ただしの馬鹿ぁ……!なんで全部飲んじゃうの!ひどいよぉ……。」

酔っ払っている慎也はジョッキ瓶を拾って、犬がショボンと耳を垂れ下げるように落ち込んだ。

「……こいつに……酒飲ませたのが間違いだった……2度と酒は飲ませねぇ……。」

忠の静かなる怒りを感じ取って、俺は自席へと戻った。忠は起き上がると、シャツを脱ぎ捨てて半裸となった。

「あーあ……マジクソだわ……ビールくせぇし、ベトベトするし……ほんと最悪……。」

「あの……さ、俺……近くのコンビニとかで、替えのシャツ買ってこようか?さすがに半裸じゃ帰れねぇしよ……。」

「……頼むわ……ついでに睡眠薬も買ってくれねぇか。」

「え……?」

「こいつに飲ませて、強制的に眠らせる。そんで今日は、撤収だ。分かったな?」

「っ……うす。」

学生の時なら怒りを撒き散らすように怒っていただろうに、大人になったんだなぁと思う反面、表に怒りを表さない分、とても怖いなと思う。

『……どうか慎也……帰ってくるまで変な事するなよ……殺されるからな……!』

急いで居酒屋を出てコンビニへ向かった。シャツと、念のため言われたとおりに睡眠薬も一緒に購入し、帰ってくる。

「……俺が居ない間に、なんでこうなったんだ……!」

「っ……何も……聞くな……頼むから、何も見なかった事にしてくれ……。」

戻ると、忠の膝でスヤスヤと慎也が寝息を立てていた。だが慎也は、ジャケットやズボンを脱ぎ捨てている。シャツ1枚で、まるで遊び疲れた子供の様に眠っていた。

「……シャツ……買ってきたぞ。」

「あぁ……ありがと……。」

『一体……何があったんだろうか……。』

忠はやっと寝付いた慎也を起こさぬように、ゆっくりとシャツを着た。未だに忠の膝枕でスヤスヤと寝息を立てている。忠の顔は、さっきよりも疲れている様に見えた。こうなってしまった理由をとても聞きたかったが、未だに怒りの収まっていないだろう彼に、聞く勇気は無かった。

「……で、どうするんだ?これから。」

「あー……慎也はもう無理だろうなぁ……酒激ヨワのクセに無茶しやがってまぁ……。」

「飲もうって言ったの……シンだよな?」

「それな。」

慎也が目を覚まさない様にコソコソと声を潜めて会話する。周りのお客の声が響くほど、先ほどとは打って変わって静かな空気に、ぼんやりとしていた頭がスッキリしてくる。なんだかんだで、もう酔いが覚めてしまったようだ。

「まぁ……また明日も学校で会えることだしさ、今日はひとまずお開きってことにしとくか?」

「……そう、か……。」

俺はもう少しこの3人と、大人になってからどうなったか聞きたかったが、慎也の状態からしてやむ得ないだろうと諦めた。が、その感情を読み取ったかのように、忠が言った。

「……明日も会えるって言っただろ?そんな寂しそうな顔すんなって。美男が台無しだぞ?」

ニコリとこちらを見て笑う彼の顔は、12年前に見た顔と同じだった。そう思うとまた、懐かしい思いと共に、目頭が熱くなるのだった。

『ダメだダメだっ……泣いちゃ……カッコ悪いだろ……!』

「っ……そだね……また、明日な。」

「あぁ。」

不意に、こんな言葉が頭をよぎる。それはそのまま口からこぼれていた。

「はぁ……明日が来るって、幸せなんだなぁ……。」

「っ……。」
・・・・・
改めて、1度死んで感じたのは、明日がある事がとても幸福なことだということ。学生の頃には分からなかったありふれた日常が、どんなに素晴らしいものなのかを、強く感じるのだ。

「……そうか……そう、だよな……ははっ、そう言えばお前、1回……死んでんだ、よな……忘れてたわ。」

「へへっ……俺も、すっかり忘れてたわ……。」

しんみりとした空気が漂うなか、その空気を打ち破るべく、元気な店員が襖をスパーンと開いた。

「鳥の軟骨の唐揚げ!お持ちしましたぁ〜……あ。」

「っ!?」

「ぅえっ……?」

『……変な声出た……。』

しんと静まりかえっていた空気を壊した本人は、場違いな自分のテンションに、やや顔を赤らめた。

「っ……あ、あの……空気、読めなくて……すいません……。」

俺らよりも若いであろう店員は、恐らくバイトくんだろう。俺らを見るやいなや、固まってしまった。

「あ、いやいやお気になさらず……ありがとな。」

「っ……注文したの忘れてたよ……ありがとね。」

バイトくんは、軟骨の唐揚げを机にそっと置くと、そのまま萎むように正座をした。その姿はまるで、主人に叱られる飼い犬のようだった。

「そ……っすか……なんか、重い感じだったのに俺……KYで、本当……。」

「そんなことないよ。元気なのはいいことだ。感じ悪いよりも、明るい方がいいよ。君は君らしく……ね。」

俺はバイトくんにそう告げると、彼の顔は一変し、満面の笑みとなった。忠の彼を見る顔が、単純だなぁ、と笑っているのが分かる。

「俺……これからもこのバイト、頑張るっす!」

彼はシュッと立ち上がり、拳を握り意気込んだ。すると、今まで静かに寝ていた慎也が動いた。

「んぅ〜……ムニャ…………。」

『シィーーーっ!!』

「あっ……!」

ゴロリと寝返りを打ち、そのまま床に頭を落とすが、慎也はまた眠りについたようだ。起きられると面倒なことになりかねない彼を、今起こしてバイトくんに迷惑をかける訳にはいかない。彼もバッと口を両手で覆い、慎也がまた寝息をたて始めると、3人同時にため息をついた。

「っ……じゃあ、俺戻るんで……なにか他に、注文とか無いっすか……?」

「あ……じゃあ、お水を3つ……よろしくね……。」

「りょーかいっす……じゃ……!」

またヒソヒソと話し、機嫌のよい彼は親指を立てて、部屋から出て行った。数分経つ頃に、3つのコップに氷水を注いだものを持ってきた。そのコップの1つには付箋が貼ってあった。

『ありがとうございました!』

「へぇー……今どき、いい子ちゃんがいるもんだなぁ……。」

「律儀だねぇあの子は……ほんと、忠犬って感じ。」

俺らがバイトくんに感心していると、慎也が目を覚ました。

「っ……んん〜………よく、寝た……今、何時……?」

「もうすぐ真夜中の1時って所かね。」

「うっわ、マジかよぉ……んぁ〜……頭痛てぇ……なんかおれ、どっかぶつけたか……?」

「それよりテメェは下を履こうか。」

「ん……?なんでおれ、パンツ……?」

「はい、ズボン。」

「おー……さんきゅ。」

フラフラと立ち上がった彼は、ゆっくりとズボンを履いた。まだ赤みの引かない頬と、トロンとした眠そうな目に、酔いが覚めていないことが分かる。

「お前そんなフラフラで帰れんのか?」

「ん……らいじょーぶ……。」

「舌回ってねぇけど……本当に大丈夫か?」

「……ゆぅ、や……。」

そう言うと慎也は、フラフラと俺の近くに寄ってくる。ちょこんと隣に座ると、肩に頭を乗せ、甘えるような声で裾を引っ張りながら言った。

「……まだ……ユウと……一緒、に……いたいよぉ……。」

「っ……え?」

「出たよ……シンの甘えん坊モード……これが出るとしばらくねちっこいんだよなぁ……。」

今にも泣きそうで、力の抜けた声で呟かれたその言葉は、かなりの破壊力があった。男でもドキッとしてしまうだろう。

『っ……つーか……色気っ……声っ……!』

頭を肩にグリグリとこすり付けるその姿に硬直してしまう。忠は顔を手のひらで覆うと、大きなため息をついた。

「はぁぁ……ったく、しゃーねぇな……おいユウ。」

「っへぃ!?」

『また変な声出たっ……!』

驚いてまた変な声で返事をした。すると忠はコップを持ち、俺達の近くまで来た。

「えっとじゃあ……どーすっか……あ、お前のケータイで、今から俺がやることを写真撮れ。」

「……へ?」

「いーから……つか……見てもあんまり騒ぎ立てるんじゃねぇぞ。」

「え……えと、どういうこt……。」

「いいから!さっさとスマホ出しやがれっての……!」

言われるままにスマホを構えると、忠が慎也の方に向いた。

「おいシン。」

「……?」

慎也の顎を掴むと、忠は持っていたコップの水を1口含むと、そのまま唇を慎也の口と重ねたのだった。

「っ……えっ??」

一瞬何が起こっているのか理解不能だった。親友の2人が今目の前で、キスをしている様に見える。

『え、な……な、なんでキs……何してんの!!?』

「えっ……えぇっ、ちょっ……えぇっ!!?」

俺のことはお構い無しに2人は長い接吻を続けた。

「っ!……んんっ…ふっ、ア♡……んゥ……ん…っ……♡」

慎也の淫らな声が部屋に響く。ぴちゃぴちゃと水気のある音を鳴らしながら、慎也を容赦なく攻めたてる。さっき忠が口に含んだ水が、慎也の口から垂れている。慎也は、始めは少し抵抗していたのもつかの間、彼の攻撃をすんなりと受け、今は忠にしがみつくのに必死だった。

『俺はいったい……何を見せられているんだ……!?』

あまり時間が経っていないのだろうが、とてつもなく長い時間が流れていたような気分だった。

「っ♡……んむっ……ぷはぁ……はっ……はぁ……。」

「っ……はぁ……撮ったか。」

「えっ?あ、おう……撮っ……た、けど……。」

予想外の展開に固まってしまったせいか、終始カメラボタンを押しっぱなしだったせいで、連写されている慎也と忠のキスシーン。

「……ッチ……まぁこんなもんでいいか……。」

慎也はクタリと忠の胸に寄りかかっている。忠は俺のケータイを乱暴に奪い取ると、写真を見てため息をついた。

「あ……の、さ……えっと……お前ら……そーいう……??」

「あ?違ぇよ。こいつの脅しに使うだけだ。」

「……え?」

「……こいつと前飲みに行った時も、ベロンベロンに酔ってな。そんでいて何人か女も一緒だってのに結構絡んでなぁ。そんで1人の子がさ、無理やり慎也に押し倒された風の写真撮って見せれば、今度から静かになるんじゃねぇかって言うもんだからさ。」
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