とある国のおとぎ話
「ユエ。坂月総統を信じていれば良いんだ。俺たちを救ってくれたようにこの国をあの人は変えることができる」
盲目にお前は信じていてくれ。
あの男は、俺たちを救ってくれたと信じていてくれ。
「……冬馬くん」
如月は大きく目を見開き、俺を見上げた。
「仮にもお前の上官だ。立場を弁えろ」
「冬馬くんだって、私のこと名前で呼んだ!」
「俺は上官だから良いんだよ」
「もう!冬馬くんなんだから冬馬くんで良いの。それよりこんなことしたらダメ!サラさんに怒られるよ」
「お前が昔、俺にしてたじゃねえか。不安がなくなるおまじないなんだろ?」
そう。
こんなやりとりを続けられる、この一瞬があれば良いのだ。
如月からこの笑顔を奪うわけにはいかない。
時を巻き戻すことはできないから、この笑顔をだけはせめて。
「ごめんね。冬馬くんは帰って来たばかりなのに。お疲れさまでしたが先なのに」
「そう思うなら、茶ぐらい用意して待ってろ。着替えたら行くから」
ぽかんと口を開いたが、すぐに微笑んでみせた。
「……うん。ありがとう」
如月の笑顔をもう一度見てから、背を向けて歩き出すと、あの男が口にしたことを思い出した。
あの男は俺と如月が罰を受けた神と人間だと言いたかったのだろうか。
物語の最後を俺は知らない。
でも、仮に俺たちがその物語の神と人間だったのなら。
この転生も擦れ違ったまま終えるのだろう。
分かれ道を振り返ると、すでに如月の姿はなかった。