とある国のおとぎ話
如月の私室は将校級以上のフロアにある。
それは最新のセキュリティーが張り巡らされていることを意味する。
総統の補佐官は機密事項を扱う立場であるためだ。
このフロアに足を踏み入れることができる人間は限りある。
俺は総統の計らいでその入室を許可されている人間だ。
しかし、護衛官に身分を名乗り、静脈認証という念の入れよう。
名乗らずともわかるというのに、同じ儀式を何度も行うのだ。
儀式を終え、長く続く廊下を歩き続け、最奥のドアをノックする。
目の前のドアには、繊細な彫刻。
権威の象徴。
決して、牢獄なのではない。
それなのに。
万全なる防御を備える不落の城は俺にとって牢獄のように感じる。
いや、牢獄なのだろう。
ここに彼女がいるかぎり、俺も牢獄にいるのと同じ。
それこそが、あの男の目的。
「冬馬くん。いらっしゃい」
如月の顔を見ると、肩の力が抜ける。
いつもそうだ。
彼女がこうして生きて、俺の目の前にいることが実感できるから。
そのためなら、どんなものでも捨てられる。
犠牲にできる。
彼女の顔を見るたび、その笑顔を色褪せさせてはいけないと。
身に迫る思いが俺を圧迫して苦しめるのだ。