願うは君が幸せなこと


夏美が、怒っている。
いや、これはもうキレている。

「ふざけんなっつーの!ああイライラする!」

「夏美、落ち着いて……」

「落ち着いてるわよ!落ち着いてるけどそれでも怒りが上回ってんの!」

これは何を言っても無駄かな、と思って困ってしまう。
夏美の眉間のしわは日に日に深くなり、このまま取れなくなっちゃうんじゃないかと心配になるほどだ。

どうして夏美がこんなにキレているかというと、それは最近社内でこっそり広まっている噂が原因だ。
とはいっても、私の周りにはその噂を口にしている人は誰もいない。営業部の人間はみんな知らないのだろう。
でも夏美はあちこちに情報網を張り巡らせているので、聞きたくない噂も耳に入ってしまうのだ。

「月宮のやつ、今度会ったら顔中にテープ貼ってブッサイクにしてやる」

「……地味だね」

夏美が仕入れて来た小さな噂は、月宮さんと咲野さんのことだった。
転勤して来て間もないにも関わらず異様に仲が良いので、二人の関係を勘ぐる人がいるということだ。

異様に、というのがどれほどなのかというと、主に咲野さんのほうが月宮さんにべったりで、何をするにも月宮さんと一緒がいいらしい。
この前の休憩所でのことを考えても、これは事実なんだろうなと思った。

月宮さんの気持ちは、私にはわからない。
ただ、外見も中身も完璧であろう咲野さんのことを思うと、自信を失うばかりだった。

「今日の夜でも呼び出してやろうかしら」

怒りの収まらない夏美を見て、ふと疑問に感じた。

「ねえ、どうして夏美がそんなに怒ってるの?」

「え、」

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