願うは君が幸せなこと
二十階の通路を進んだ先にある、何も書かれていない部屋のドアを開けた月宮さんは、そこに私を押し込んだ。
「わっ、ちょっと何……」
月宮さんは後ろ手にドアを閉めて、私を見下ろした。
思ったよりも近い距離に月宮さんがいて、とっさに少し後ろに下がる。
資料室なのか、部屋中に置かれた棚にファイルや書類がずらっと並べられている。
棚だけに収まっておらず、床やテーブルの上にも色々積み重なっていて、誰か片付ける人はいないのかと心配になってしまった。
「……何か用事?みんなの前であんなことして、絶対おかしいと思われたよ」
実際、先輩は驚いたように月宮さんを見ていた。後で色々質問されるだろうなと思い、少し憂鬱になる。
「……なんか、久しぶりだな」
「へ?」
「お前とこうして向き合うの、久しぶりな気がする」
「そ、そうだっけ?」
目を見ていられなくて、近くに置いてある棚の中の赤いファイルに視線を向けた。
月宮さんの声がなんだかいつもより穏やかで、嬉しそうな顔に見えたから。
自分の目と耳はなんて都合よく出来ているのかと感心してしまうほどだ。
急に、恥ずかしくなってきた。
誰もいないこの狭い空間に、二人っきりだ。
メイク直しておけば良かったとか、髪の毛巻いてこれば良かったとか、次々と頭の中に浮かんでくる。
今まで月宮さんと会う時、こんなこと考えたこともなかったのに。
「……会議出てるなんてすごいね」
何か話しかけたくて、思い付いた話がこれだった。
もっと他に聞きたいことがあるはずなのに、本人を目の前にしたら思い通りに口が動かないのだ。
「お前も出てただろ」
「私は、書記みたいなもんだから。補佐が交代で出席してるだけ」
月宮さんは壁にもたれかかって、ポケットに手を入れた。
その仕草に胸がきゅんとなったような気がして、自分で自分を疑った。
これはもう重症だ。