願うは君が幸せなこと

「やっぱり開発部でも優秀なんだね。さすが伝説の営業マン」

「はあ……。それは言うなって」

迷惑そうに顔を歪ませた月宮さんに笑いそうになった。
まったく表情を隠さない所は、最初に会ったときから全然変わらない。

すると、急に月宮さんの目の色が変わった。
気のせいかもしれないけれど、何かを決心したかのように見える。

何を言われるのかと、少し身構える。
こんな所に連れ出したのだから、他の人に聞かれたくない内容なのだろう。

「……あのさ、もし勘違いされてたら嫌なんだけど」

「勘違い?」

「俺、あいつじゃなくてお前が……」

月宮さんが何かを言いかけたその時、部屋のドアが勢いよく開いた。

「あ、使用中でしたか?」

入って来たのは若そうな男の子で、誰もいないと思っていたらしく驚いた顔で私達を見た。

途中で言葉を止めた月宮さんは、口を開けたまま少しの間固まったかと思えば、力が抜けたように息を吐き出した。

「……お前………」

「月宮先輩。ちょっと探したい資料があるんですけど……」

「あー……、悪い」

男の子は月宮さんの後輩らしい。ということは開発部の人だろうか。

何を言おうとしたのか気になって、月宮さんを見上げた。
けれど後輩くんの前で言える話ではないらしく、口を閉じてしまった。

「……戻るか」

ちらっと私を見てそう呟いた月宮さんは、なんだか残念そうだ。
話を遮られたのがよほど嫌だったらしい。

そしてそっと顔を近づけてきて、私の耳元でこう言った。

「続きは近々話すから」

「!」

耳に息がかかって、また心臓の音が大きくなってしまう。
声を出したら上ずってしまいそうで、こくこくと頷いた。

先に部屋を出て行く月宮さんの後ろ姿を見ながら、自分の胸に手を当ててみる。
七階に着くまでに収まっていればいいのだけど。

< 111 / 152 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop