願うは君が幸せなこと
体はエレベーターの方へ向けながら、意識は後方の給湯室へと向かっている。
聞かないほうがいいのかも知れないと気付いても、耳を塞ぐことは出来なかった。
「だから……ね、お願い」
怖い。
咲野さんはやっぱり、月宮さんを追いかけてここまで来たのだ。そこまでするなんて、よっぽど想いが強いんだろう。
そして、諦めないと宣言している。
怖い。
月宮さんはどう返事をするのだろう。
そう思った瞬間、月宮さんと咲野さんが二人並んで歩いていた姿を思い出した。
すごくお似合いで、格好いい恋人同士のように見えたことを。
「……わかったよ」
「本当!?嬉しい!」
そんな声が聞こえた瞬間、いつの間にか二十階に到着していたエレベーターに乗り込んだ。
七階のボタンを押して、閉まるボタンを連打する。
ドアが閉まるまでの時間がとても長く感じられた。
一人きりの箱の中、壁にもたれかかって地面に視線を向けた。焦点が合わない。
今さっき聞いた内容を頭の中で何度も何度も繰り返す。
聞き間違いかもしれない、違う意味かもしれない。
そう考えようとすればするほど、自分が惨めに思えて仕方がなかった。
「………っ」
目の奥が熱くなってきて、何も出てこないように目を閉じた。
どうか、途中で誰も乗ってきませんように。
好きになったのに。
失恋したのだとわかった途端に足から崩れ落ちそうになってしまうくらい、好きになってしまったのに。
これからこの気持ちに、蓋をしなければいけない。
どうやって蓋をすればいいのだろう。
初めて会った時の、あの最悪な印象のままでいれば良かった。
優しい所や格好いい所なんて、何一つ見つけなければ良かった。
初対面のあの日の朝、ドアが閉まりかけたエレベーターに無理やり乗ったりしなければ、良かった。
堪えるつもりだったのに上手くいかず、涙が一筋頰を伝った。