願うは君が幸せなこと

声を出す暇もなかった。
あっという間に視界が月宮さんでいっぱいになって、強引に上を向かされた。

「……!」

気付けば唇に何かが当たる感触がして、息が止まった。

温かくて、涙で少ししょっぱい。
キスされているとわかった瞬間、幸せなはずなのにとても悲しい気持ちになった。
すぐ目の前にある月宮さんの顔が、あまりにも切なく見えたから。

どうしてキスされてるんだろう。
月宮さんには、咲野さんっていう才色兼備な彼女がいるのに。
どうしてそんなに、辛そうに。

「………」

そっと唇が離れていって、掴まれている腕を解放された。

私も月宮さんもしっかりと目を合わせて、お互いに何を考えているのか読み取ろうとしているみたいだった。

だけどわからない。怖い。だから何も言えない。
今のキスは一体何?どういうつもりでしたの?
私は喜べばいいの?それとも同情でそんなことしないでって怒ればいい?

月宮さんは眉を寄せて私を見ている。
何も言わない私をどう思ったのか、一歩後ろへ下がった。

「謝らないから」

はっきりとそう告げた月宮さんは、最後に私の目を真っ直ぐに見た。”わかったな”と念押しされているように感じた。

そして背中を向けて、月宮さんが帰っていった。
一人ポツンとその場に残された私は、地面にしゃがみ込みたくなるのを懸命に堪えて胸元に手を当てた。

キスされた。
好きな人に。
誰にでもそんなことをするような人ではないと、思っている。


なにかがおかしい。
会話が噛み合ってないような、食い違っているような気がする。

頭の中はぐちゃぐちゃだ。
月宮さんの心の中を読めたらいいのに。

どうしようもないことを考えながら、私も帰路についた。

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