願うは君が幸せなこと
「……朝のトロい女」
「なっ……!?」
迷惑そうな顔でぼそっと呟かれて、忘れていた苛立ちが蘇ってくる。
思いっきり言い返してやろうと息を吸い込んで、ハッと我に返った。
隣で、千葉さんが見ている。恥ずかしい姿を見られたくない。
悔しいけれど唇を噛んでぐっと堪えて、何も言えなかった。
てっきり言い返してくると思っていたのか、月宮という人は拍子抜けしたような顔になった。
「あれ、知り合いだったの?」
「「違う」」
夏美からの質問を、二人同時に否定する。
ハモってしまったのが余計に嫌で、お互いチラッと睨み合ってから目を逸らした。
否定した言葉を信じたのか信じていないのか、千葉さんは私の肩を引き寄せてこう言った。
「月宮、この子俺と付き合ってるんだ」
「へえ、そうですか」
「出来れば誰にも言わないでくれると助かるんだけどね」
「は?」
「ほら、祐希が誰かに妬まれたりしたら大変だから」
月宮さんは、私と千葉さんの顔を交互に眺めて、心底どうでもよさそうに息を吐いた。
先輩である千葉さんの前でもこんな態度を取るなんて。
きっとこの人は、口が悪いのが通常運転なのだろうと、この時に気付いた。
「つ、月宮は、一応私と祐希と同い年なの。高卒で入社してるから、私達より四年先輩なんだけどね」
普段から明るい空気で場を盛り上げる夏美は、そうせずにはいられないのだろう。
嫌な空気を断ち切るように明るい声で話し出した。
「え、高卒で……?」
うちの会社に高卒で入社した人を、私は見たことがなかったので驚いた。
まああれだけ大きな会社なので、私が知らないだけで結構いるのかもしれないけれど。
「おい、余計なこと言うなよ」
「別にいいでしょこれくらい。あんたが無口だから代わりに話してあげてるんじゃない」
「それが余計なことなんだよ」
「なによその態度ー!」
夏美と月宮さんのやり取りを眺める。
同い年とはいえ四年も先輩なのにこの話し方は、やっぱりこの二人が付き合ってるということだろう。